わろてんか138話あらすじ感想(3/16)おてんちゃんが急に饒舌になったワケ

「映画法」が施行され、表現の自由が狭まりつつある昭和14年(1939年)。

北村てんと伊能栞は、妥協しない映画作りを求めて、『お笑い忠臣蔵』の製作にとりかかります。

まずは台本を仕上げるところからですが……。

 

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わざとミスしたのか?とさえ思ったのに

『お笑い忠臣蔵』の件で、内務省(ドーン!とテロップつき)に呼び出されたおてんちゃんと風太
「ウチは慰問しているし、勲章もらっているし」という風太の小狡いトークに違和感が湧いてきます。

主人公やその周辺をクリーンにしたいの?
したくないの?
これ、同じことを新世紀シネマがやってたら、「お主も悪よのぅ」的な表情やBGMにされているところですよね。
脚本、ブレブレやで。

むしろ気の毒なのは担当検閲官の川西でして。
些細な歴史考証ミスを指摘します。

えぇと、ここが今日の【わろ点】ですかね。

意味がわからないです。
才女設定の楓が、兄と弟を間違えるレベルのつまらないミスをしていた。
そういうくだらなさを笑いにする、そのセンスがヤバイです。

一瞬、私はこう考えました。
『わざとミスを入れて検閲官の気を逸し、本来の狙い(恋愛描写を暗喩しておくこと)から目を離させるのかな?』

税務調査でわざと指摘されやすい箇所を残して担当官に小さな手柄を差し出して、調査をスムーズに終わらせるため、みたいな。

って、全然、違うじゃん!
こっちの考え過ぎじゃん!
恥ずかしいわ~(´・ω・`)

 

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台本が通っただけでパーティーって?戦時中ですよ

このあとが、いよいよ意味がわかりません。

検閲が通っただけで、バブリーなパーティ開催。
えぇと……普通は、作品が完成してからやるものではないの?

北村笑店25周年パーティは後片付けから始まってびっくりしましたが、今回はバッチリやるんですね(わろてんか127話あらすじ感想(3/3))。

しかも、全然、昭和前期っぽくない。
コスプレはしていますが、立食形式で男も女も酒を片手にスナックをつまむ……って、昭和前期というよりはどちらかというとバブル臭いんですよ。

時代背景を突き詰めると疑問符ばかりです。

中国大陸では、日本軍が戦闘をしています。
内地に戦地の影響が及んでくるのは先ですが、そんなことはどこ吹く風とばかりにパーティシーンをこれみよがしに入れるのは、どういう神経でしょうか。

ほんと、感覚がズレまくってるんですよね。

たとえ一発目の映画で嬉しかったとしても、とにかく作品が完成してからでいいじゃないですか。

 

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忠臣蔵で最も重要な女性は大石内蔵助の妻・りくでは?

【映画を作る】という雰囲気だけで、浮かれてる感の凄まじい北村笑店。
クリエイター気取りの連中が、まだ何も達成していないのに、自分こそがこの映画に思い入れがあると、適当なことをペラペラと喋り倒しています。

楓なんか、
「安兵衛の妻はリリコさんしかにない!」
と、前のめりがヒドい。

オーディションすればいいのに。
単に、リリコしか女優がいない状態で、他にチョイスがないだけでは?

そもそも、ですよ。
確かに安兵衛の妻も大事ですが、『忠臣蔵』で最も重要な女性といえば、大石内蔵助の妻・りくでしょうに(´・ω・`)

昨日から安兵衛を連呼して、安兵衛夫妻がともかく大事とテンションアゲアゲですが、それって、
「安兵衛はイケメン! イケメンと美女カップルこそキャスティングの目玉だし、女性視聴者は気にするでしょ!」
という話ですかね。

このん辺の、
「ともかくイケメン! イケメンを出さないと女である私たちは納得しないのよぉぉぉぉ~~!!」
という会話。
脚本家さんのお好みかもしれません。

本作の撮影や放送が始まる前、脚本家とスタッフで『こんなヤリトリがあったんでは?』という会話を妄想してしまいました。

「ヒロインの夫にはイケメンでしょ、絶対イケメンにしないと! 松坂桃李クンなんて最高じゃない!?」
「松坂さん、ですか……吉本せいは、夫の泰三と折り合いが良かったとは言えませんので……」
「んもぉ~、そんなの心配しないで! 胸キュンのラブストーリーにするんだからぁ」
「しかし、泰三は夭折してまして。せいの活躍は、夫の死後なんですよね」
「つまんなぁ~い。ヒロインの活躍とかどうでもいいじゃない。なるべく松坂クンの退場は先延ばしにしないと」
「それにも限界ってものが……」
「あっ、いいこと思いついちゃった♥ 松坂クンが幽霊になってヒロインを見守るって『ゴースト』みたいでロマンチックじゃない! そうしちゃおっと♪」
「えぇっ!!!」

 

 

一文無しだったのに、もうホテル暮らし!?

さて、はホテル暮らしをしているそうです。

別に昭和前期ホテル暮らしをする人がいないと言う気はないんですけど……一文無しから北村の給料だけで贅沢過ぎません?
立食形式のパーティやらホテル暮らしやら、ギラギラに漂うバブルスメル。

「ぶっとび作品作るために、ギロッポンのホテルに缶詰でぇ~」
「おったまげ~!」
とか言いながら、前髪かきあげて立食パーティにいる感がパネェ。もう、平野ノラとか荒木師匠も出しちゃいなYO!
※あくまでイメージです

パーティのあと、アサリと歌子が屋外で、検閲の目をかいくぐった話をペラペラ……。
その様子を謎の男が聞いています。

このへんも、ほんっと、ヌルいのでして。

戦時中に幼少期を過ごした方の、こんな話を聞いたことがあります。

「近所の友人の家に遊びに行く時も、緊張してなるべく話さないで急いで走っていった。何を聞かれるかわからないから。子供がうっかり喋ったことで、憲兵に連れて行かれた家もあった……」

そこまでギスギスした時代にはまだわずかの時間があるにしても、会社を挙げてあれだけ検閲を気にしていたのに、このアサリと歌子の間抜けっぷりは危険すぎます。
現在だって、会社の機密を、ビルの共同喫煙室やランチタイムのレストランで話したら、場合によっては処分モノでしょう。

 

軽薄な恋愛ブーメラン

そして、また変なでかいテロップがどーん!
「検閲保留!!」
おったまげ~!

謎の男が出てきたばかりで、盗み聞かれた内容が密告でもされたのでしょうか。

検閲官は、
「軽薄な恋愛を、崇高な忠義の物語に入れるとはけしからん」
とおっしゃります。

いやぁ、いいっすね。
ここまでくると笑いがこみあげてきます。

だって、それ、本作が(本サイト以外でも)叩かれている理由と全く同じじゃないですか。

「吉本せいの伝記かと思っていたら、軽薄な恋愛要素ばかりでガッカリ」

これは、私はじめ、随所から出ていた反論です。
戦時中の検閲にかこつけて、自分語り、自己弁護しているように見えてきます。

検閲官があらためて指摘した箇所は、『忠臣蔵』のストーリーとは本来無関係な恋愛描写ばかりです。
これを削ったところで話は十分に成立するでしょう。

おてんちゃんにお尋ねしたいです。

映画の第一の目的はなんですか?
まずは『笑いを届ける』ことじゃないんですか?「お薬」なんですよね?
そもそもタイトルからして『お笑い忠臣蔵』じゃないですか(恋愛を前面に出せないとはいえ)。

にもかかわらず、異常なまでにこだわる理由は、
「私の素晴らしいコイバナにケチつけることが、いかにくだらないか。ドラマで言い返してやるんだから!」
という、しょーもないプライドに見えてしまいます。

普通に考えれば、編集してカットすればいいだけ。
風太もそう言います。

つーか、まだ撮影してないやん(´・ω・`)

 

新世紀シネマがリークしてた!?

実はこの検閲にはからくりがありました。

新世紀シネマの工藤(演じるのは『真田丸』で光っていた栗原英雄さん・なんという無駄遣いorz)が、アサリと歌子の会話内容を内務省にリークしたようです。
栞を妨害したいんだそうで。

妨害するまでもなく、栞なんて自らコケている雑魚だと思いますが、ともかくズルでもないと伊能は負けるわけないと本作は言いたいのですかね。

しかも栞は国にとって重要人物なんだとか。

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

これぞメアリー・スー設定ですね。

昨日も書いた『メアリー・スー』という概念ですが、要するに「盛りすぎて逆にウザくて痛くて寒いキャラ設定」というものです。

映像作品等には「存在そのものが組織にとって危険である。ただし理由はよくわからない(笑)」というキャラが往々にしてありまして。
てんは地蔵で、栞はまさにこのメアリー・スー系なんですよね。

 

これを受けて、おてんちゃんは一旦セーブポイント仏壇前でセーブを行います。

そして内務省にドヤ顔で乗り込んだのでした……って、ちょ、ほんと、やめてぇええええええええええ。
本作を見て、初めて心の底から笑えている自分がいる!

このおてんちゃんの場面、脚本家さんとしては全力をこめた、魂の台詞なんでしょう。
【ええ場面用のBGM】も、これみよがしに高らかに鳴り響きます。

それを思い切って要約すると、こんな感じです。

「検閲官は映画ファンなんでしょ? なら私たちの作っているものがいいってわかるでしょ? 私たちには思想なんてものはないから、お国にたてつこうとか、人に悪影響を与えようとか、一切考えていません。ただ、ロマンチックなコイバナで、みんなの心をあたたかくしたい、感動させたい、届けたい、世の中明るくしたいの。なんでわかってくれないの! ファンなら私たちがいかに素晴らしいものを作っているか理解できるでしょ!」

いやいやいや。
映画ファンであればなおのこと、何の信念もない駄作なんて、自らのリスクを背負ってまで放映したくないんでは?

むろん、本作ではそんなツッコミは起きません。
検閲官は戸惑った後、「僕はあのコイバナ好きです」と言い出します。
なんじゃそりゃヽ(・ω・)/ズコー

 

今日のマトメ「おてんちゃんが急に饒舌になったワケ」

おったまげ~~~!
今日の感想はまさにコレに尽きます。

突如出てきた、不自然な立食パーティ。
ホテル暮らしの男のぼやき。
これはもう、吉本せいの人生とは何の関係もなくて(そもそも映画作りしていない、このころは一線からは身を退いています)、バブル時代に青春を送った脚本家さんの、青春回想記なんじゃないかと。

今週あたりから、雰囲気変わりましたよね。
おてんちゃんの台詞は増えて、それまでは生気に乏しいお地蔵さんみたいだったのに、妙にイキイキキャッキャとガールズトークばっかりしています。

25周年でもやらなかったパーティも、突如押し込まれるし。
吉本本来のエンタメの工夫はろくに描かなかったのに、映画作りへのこだわりは、やたらと饒舌に語り出す。

話がグルングルンと、フルスロットルで回り続けているのはわかります。

その動力は、「なんで私のイケてるコイバナわかってくれないのよぉお~~!」という怒りなんじゃないかと。
検閲官の突っ込みや、それに対するおてんちゃんの反論とか、アンチ派視聴者への反論に思えるんですよ。

しかし、その反論内容がねえ。
「本当のファンなら、理解できるはず!」
一番言ってはいけないでしょ、こんなの。
自分たちの拙さを、見る側に責任転嫁させるって、禁じ手です。

上から目線で「感動を与える」というクリエイターとしての痛さは、ここ数日間で突っ込んできたので、どうでもいです。

ついでに書くと、「国に楯突く気もございません!」も空っぽです。
なんちゅー、空虚な台詞だ。

当時の言論文化人は、小林多喜二のような政治思想を抱いた人は例外として、そんな気持ちでした。
お国に刃向かうことなく、やり過ごそうとしてしまった。

結果、娯楽はどんどん縮小され、禁止され、笑いも涙もない、炎と血の時代に突入してしまうわけです。

その反省から、朝ドラはじめ、戦争を描く多くのエンタメにおいて、自由が制限される恐怖や危機感が描かれたのです。

そこには、
「私たちが無関心でいたら、自由が奪われてしまった。思想を持つこと、国のすることの疑問を持つことも必要ではないか?」
という問いかけがありました。

そういう大切なお約束を、本作はブン投げたわけです。

「難しい思想なんてわかんな~い、ただコイバナが描ければいいだけなのに~」とペラペラ喋るヒロイン。
葛藤も何もない……はっはっは、爆笑もんやで。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

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