わろてんか143話あらすじ感想(3/22)出征する息子と母のシーンに見えない

太平洋戦争はいよいよ激しくなり、戦況の悪化する昭和19年(1944年)。

北村笑店の寄席は建物疎開で壊されてしまいます。

それでも笑いの灯りを絶やさないと誓う北村てんのもとに、一人息子・隼也の赤紙が届いてしまうのでした。

 

隼也一家を迎えるために風太が川崎へ

隼也入隊まであと4日。そんな状況で、おてんちゃんは地蔵状態です。

もし、日頃からよく笑い、表情がくるくると変わる女性であれば、
『ああ、流石のおてんちゃんも、息子が出征することが受け止められなくて、呆然自失としているんだな』
と共に悲しむことができるんですけどね。
いかんせん普段と変わらない表情なので、フシギな気分になってしまいます。

そんな隼也一家を迎えるために風太が川崎へ行くことにしました。

【そもそも隼也はドコで徴兵検査を受けたのか?】
その点が気になると昨日申し上げましたが、ひょっとすると、以前に通知を受け取った風太が川崎に転送、隼也がコッソリと大阪に戻って来て、受けていたのかもしれません。

まぁ、子供も生まれていて、常識的に考えてなさそうですけど。
駆け落ちした後も、普通に手紙の往来はしているわけですから、仮に徴兵検査があった場合には、風太としても事前におてんちゃんへ「通知が来たこと」を伝えてなければ不自然過ぎます。

※いずれにせよ隼也への徴兵検査の通知を、てんより先に風太が受け取らなければならない時点で無理っすね

 

たかが髪型 されど髪型

そして隼也がついに大阪までやって来ます。

帽子を脱ぐと、こぼれ落ちるサラサラヘアー。
もう突っ込みたくないけど、何度見ても違和感があります。

坊主にしたらえーやん? なんでアカンの?

比べても意味ないんですけど、本作でおてんちゃん少女時代を演じた新井美羽さんは、昨年の『おんな城主 直虎』で、坊主頭にしたんですよね。

あれは特殊メイクだそうです。
役者さんの他の仕事に影響があるから、剃りたくないにせよ、そういう手段もあるはずで。

ヘアメイク担当者もやる気がないのか。
過度にイメージを気にするのか。
たかが髪型ですが、気になって仕方ありません。

もっと問題なのは、おてんちゃんです。
険悪な地蔵顔のまま、じっと息子を見つめる。

同じ見つめるにせよ、複雑な表情がよぎるとか、目がうるむとかあればマシなんですけど。
【勘当したのにどのツラさげて戻って来た、このアホボン】
みたいな険悪さで、どうしたものかと。

強い意思を表したい、みたいな?

 

【自分たちさえよければいい】感が拭えない

さすがに隼也も、赤紙を見ると気が引き締まるようです。

風太は慰めます。
「英語もできるし、内地勤務で前線には行かんやろ」

慰めとしてありっちゃありなんですけど。
本作の特徴として、台詞や場面端々に【自分たちさえよければいい】というニュアンスが感じられてしまうんですよねぇ。

「勲章もらったし、慰問隊も派遣したんだから(お目こぼししてもらえる)」
みたいな台詞もそうでした。

そもそもおてんちゃんは、隼也と同年代の出征にもさして心を痛めていません。少なくともそういう描写はありませんでした。

彼女だけじゃありません。
リリコや慰問隊も、恋文を渡されるという形で兵士の心情に触れなければ、ずっと他人事だった可能性もあります。

なにせリリコは、あのときこう叫びました。
「こんなんいややー!」
兵隊さんが気の毒以前に、自分がこんなことに遭遇して嫌である、そういう感情が前に出てきているわけですね。
もう、いちいち台詞がまずい。

 

「戦争は迷惑」
「戦争のせいでうちの芸人がいなくなるのが悔しい」
「戦争さえなければうちのスターも増えたはず」

こういうふうに並べてみるとわかるんですけど、「戦争のせいで迷惑なんだよな」にとどまっている。

戦争のせいで誰かが犠牲になっていることに心を痛めたり、国が崩壊しかけていることに危機感を覚えたりもしない。
慰問隊派遣で勲章を貰って喜び、勲章があるからお目こぼしをしてもらえないかと期待。
反戦的な言動をバンバンしておきながら、国に逆らわないと叫ぶ。

そういう、
「戦争で何もかも無茶苦茶になっていても、自分の半径5メートル以内が平穏ならそれでいい」
という身勝手さがにじみ出ている気がしてなりません。

内容がツマラナイとか、出来が悪いとか、そういう以前に、感性を疑うような言動やシーンが目立つんですね。
自分勝手な脚本だなぁ、と。

 

木曜日にも藤吉霊は降臨できたのか!?

ネクロマンサーとして修行を積んだおてんちゃんは、鈴を使うことなく、突如、藤吉の亡霊を呼び出しました。

『土曜日じゃないのに???』
と、怒りを覚えたり、思わず笑ってしまった人もいるのではないでしょうか。

土曜日に出て来ると
『そうか、明日は日曜日。明日はこれを見なくてすむんだよな』
とホッとしますからね。

せめて火曜日、祝日前日に出す程度の気遣いは欲しかったです。

そして、ここから先の会話は、もうノーテンキの度を超えて、炎上しないか心配なほどです。

「隼也は大丈夫や、俺に似て運がええ。幸運の女神がついてる」
おてんちゃんは確かに何もない、ただ笑っているだけで事業を成功させる、そういう座敷童や招き猫めいた人物であることは認めます。

しかし、これから太平洋戦争へ向かう人に、そんなキザでバカみたいな慰めを言って何になるのです?

この台詞を書いた脚本家さんには、『硫黄島からの手紙』、『ハクソー・リッジ』、『野火』あたりをぶっ通して鑑賞する、戦争映画マラソンでもしていただきたい。

 

亡霊召喚ネタのせいで死が軽い

ここで落語の『ん廻し』ネタを楽しむおてんちゃんと亡霊。

ろくに落語のお勉強をしたとしか思えないくせに、ナゼ唐突にここで入れてくるのか。
ただでさえ尺が詰まりすぎて無茶苦茶なのに意味がわかりません。

銃後の母の苦悩を描くことから逃避して、時間稼ぎをしているとしか思えないですね。

あなたたちの息子が、亡くなるのかもしれないんですよ。
状況わかってます?

と、心を痛めていた私がバカでした。

なんせ、ネクロマンサーおてんちゃんですからね。
今、目の前に藤吉さんがいるように、もしも戦死しても、鈴を鳴らして隼也を召喚する気かもしれません。

ったく、亡霊召喚ネタのおかげで、どんだけ死の重みを軽くしてんだか。

 

加齢動作の出来ているおトキちゃん

隼也は、自分が不在の間、つばきと藤一郎の世話を見て欲しいと頼みます。
昨日の川崎の建物疎開は、この伏線だったようです。

トキは隼也を気遣い、小豆を持って来ます。

この場面でハッっとしたのですが、トキはちゃんと背筋がやや曲がり気味、体をちょっと丸めるような動きになっていて、若い頃のキビキビした動作ではなくなっています。

徳永えりさん、流石ですね。
こういう細かい加齢動作が出来ている人があまりいないので、輝いて見えます。

そのぶん背筋ピンピン地蔵のおてんちゃんが……これは演じる側の問題というより、演技指導や演出にやる気が無いというのも大きい気がします。

キースとアサリも卵や白米を持参しました。
久々に会う隼也のために、なけなしの食料を持ち寄る皆さんの気遣いはあたたかいのですが、やはりヌルイ。

報国婦人会が乗り込むのはこういう時の方がしっくり来ます。
そのへんは、再放送の『カーネーション』を待ちましょう。

 

これが最期になるかもしれない……そんな緊迫感が……ない!

「出征の、祝い膳や」
そう言いながらあ、隼也と食卓を囲むおてんちゃん。

これは【出征なんてめでたくもない、むしろ苦しいことを祝わねばならぬ、銃後の母の苦難】を表現できる定番の場面です。

しかし、本作は全体的にレベルが低すぎて、何の感慨も湧いてこない。
「ほら、あんたの好きな煮しめやで。軍隊に入ったらなかなか食べられへんやろ、いっぱい食べとき」
「おおきにありがとう! やっぱりお母ちゃんの煮染めは日本一や」
「またたくさん作るさかいな」
と言って、そこで【これが最期になるかもしれない】と悟り、涙ぐむ。

とかなんとかベタですけど、やりようあるやろ!
定番の、息子の好物を作るお母ちゃんネタあるやろ!

ここでやっとおてんちゃんはつばきと藤一郎を面倒見る、と言い出します。
もう、いやいや事務的な会話をする、息子がどうでもいいお母ちゃんにしか見えない(´・ω・`)

リリコは、戦時中だということも無視して、綺麗なブラウスとスカートで登場します。
モンペを履いてください。

隼也といいリリコといい、
「オシャレな隼也ちゃんや、ファッションリーダなリリコちゃんには、ダサいファッションに嫌」
とでも言いたいのかな。

それとリリコ、他人の息子にハグするって、戦時中の日本人としてどうなんでしょう。
さすがにちょっと気持ち悪いです。

風太から電話が来ました。

ここで、ナレーションが入ります。
「藤一郎との初対面に、緊張するてんなのでした」
ええ~!!!
そこなの? そこに注目させたかったの?

 

今日のマトメ「出征する息子との晩餐」

どんなに中身がないドラマにせよ。
【出征する息子と晩餐を囲む母親像】
という、鉄板中の鉄板シーンがあります。

誰しも涙を誘われてしまう、言葉にできない、でも何か言葉にしたい、苦しみの場面。

本サイトの編集さんが、とある戦争テーマの映画を劇場へ観に行ったとき、本編が始まる前から涙の止まらないご老人が隣席にいて、いざ始まったら号泣が止まらず、映画そのものより、そっちの涙に釣られた――なんて話を聞きました。
戦争を取り扱うということは、そういう可能性があるってことなんですよね。

そんな涙腺崩壊のシーンとなるはずのところに、ドライヤーを吹き込む勢いで涙を乾かしてくるのが本作。

なんて恐ろしいポテンシャルなんでしょう。
終盤のヤマ場であるはずなのに、とにかく物語に入り込めないよう、以下のような工夫がされています。

・出征兵士がサラサラヘアー
・出迎えた母親のふくれ面地蔵っぷり
・亡霊出現で極限まで小型軽量化される「生命の重み」
・息子が出征するのに、亡霊相手に娘のように笑う母親
・息子が出征するのに「幸運の女神や」とかスカしたことしか言えない亡霊父
・幼い頃から見てきた青年が出征するというのに、いつもの調子でエヘラエヘラしている周囲(強がりにすら見えない)
・息子の出征よりも孫との初対面が気になる様子の母親
・全体的に登場人物が人でなし

隼也の髪の毛なんて些末なことかもしれないんですけど、積み重なるとただのコスプレにしか見えません。

風太が、雑な伏線を台詞で言うし。
どうせ激戦地へ行くことはなく、得意の英語を活かして、ピンピンしたまま、サラサラヘアーで帰ってくるんでしょ。
もはや『勝手にやっとくれ』としか思えないのです。

本作は、別におてんちゃんが幸運の女神、あるいは座敷童ということでもありません。
脚本家さんが、悲劇や人の死を徹底的に避けて「お笑いテーマだからいいじゃない」と開き直っているだけ。

この世界の創造神である脚本家に、やる気、あるいは決定的なセンスが欠けているのです。

それと、こんなニュースが。

朝ドラ:問われるオーディションの必要性 「わろてんか」Pが提言

『わろてんか』を始める上でオーディションを重視したというプロデューサーの言葉を引用いたします。

「だからやっぱり朝ドラって、オーディションをやっていかないといけないなって思います。オーディションでちゃんと見つけてきて、半年~10カ月間一緒にやって、成長できるんだってところを、スタッフがちゃんと見てあげる。それはとてもいいことで、大切なこと。ヒロイン候補が僕らの知らないところにたくさんいるっていうのは、確かなので」

朝ドラって女優の成長を見守る、そういうドキュメンタリーでしたか?
そんな成長を見守る喜びよりも、何よりも『良きドラマであること』が大事ではないですか?

ならばナゼ、吉本せいという実在の人物を扱うんですか?
番宣ではその生き方を描くと事前告知し、終わる間際でこんなことを言う。
ナンダソレ!

そもそも女優の発掘・育成みたいな言葉が上から目線にも思えてしまいますが、ご自身や脚本の成長が未熟なまま終わってしまったとは考えないのかなぁ。
本作は、随所で手抜き(調査・勉強不十分)が感じられて、むしろ女優をネグレクト状態にしていないか、とも思ってしまうのです。

成長を見守る15分間ならば、この時間帯に
『岩合光昭の世界ネコ歩き 親子の成長編』
みたいな番組でいいじゃないの。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

【関連記事】
吉本せい 吉本興業の歴史

【参考】
NHK公式サイト

 

5 Comments

わろえない

私もです。思わず、わろてんか、出征、髪、で検索してしまいました。ありえない。役者魂、ないのでしょうか?

匿名

このPは、あの『まれ』でもPをしていた人物ですからね。
2015年、あんなトンデモ作品で日本中の朝を不快にした。それを2017-2018年で性懲りもなくまた繰り返した。
「女優の成長」などと上から目線で言う前に、自身の成長はどうしたのか???

匿名

つばきさんがオシメ送ってもらったり新聞で北村の名を見た時に少しも申し訳なさそうな様子が無かったのは、既に許してもらってるあるいは許してもらえる確信があったからでしょうか
脚本のせいで勘当や白い喪服や人の死、色々な事が軽く見えて感情移入できず残念です

匿名

多分成田さんの契約的に坊主NGなんでは。ならこの仕事受けるな、と言いたい。

らっきーくん

全てに同感!!
『イラッ!』とするから普段は観ないようにしていた〔わろてんか〕
たまたま某所待合室で観るはめになり、サラサラヘアに『誰も何も思わないのか!』と検索して読みました。
良かった。同じ感想の方が居て下さり胸のムカムカが治まりました。
ありがとうございます

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