半分、青い。40話あらすじ感想(5/17)ネーム捨てたらやっべぇぞ!

バブル末期の平成2年(1990年)。

岐阜県から出てきた少女・楡野鈴愛は、変人漫画家・秋風羽織のもとで修行中の身でした。

鈴愛はある日、レトロな喫茶店「おもかげ」で幼なじみの律に偶然再会します。

岐阜弁を捨てて、トレンディー私大生として生きていこうとしていた律にとって、それはあまりありがたくない再会でした……。

 

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和子と晴、キミカ先生はなぜかボクシング

突如、岐阜弁で乱入してきた鈴愛に対し、当惑するばかりの律。
一文節区切り話法で釣った女の子はそそくさと立ち去ってしまいました。あちゃー。

鈴愛が律の前に座ると、そこに店員が来て、女の子の方から座ってきたんですよ、とエクスキューズします。逆ナンですね。
この店員さんもレギュラーになりそうです。

「あ、お前には一文節話法使わなくていいのか」
ハッとする律。

実は律と鈴愛の住居はこの「ともしび」から5分。家同士も10分の距離なんですって。
和子と晴に、ハメられたのです。

その和子は、空の巣症候群をキミカ先生に相談します。

町のお医者さんに心理カウンセリングできるのかな?と思うと、やっぱり先生も当惑気味。
そこでキミカ先生が提案したのが、ボクシングジム通いでした。

晴も参加していて、ドレッシングを振っているとき二の腕のたるみに愕然としたのがキッカケだったとか。

サンドバッグをボコボコにしてにっこり笑う三人はなんかこう、かわいらしくてですね。

我が子と離れて母親が心配する――そんな像は定番ですけれども。
母親にも彼女自身の人生があるわけで。むしろ吹っ切って楽しく生きるお母さん像のほうが、すっきりさっぱり、平成のドラマとしてはふさわしいのではないでしょうか。

 

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「これは世紀の傑作になる!」

秋風羽織は、昼食にインスタントラーメン味噌味を作っていました。

むむっ、常温の水じゃないといやだとか、決まった老舗の大福しか食べないとか、妙に味にこだわる大先生なのに、案外庶民的じゃないですか。
まぁ万が一、自分が大金持ちになっても、ときどきサッポロ一番みそラーメンは食べたくなりそうですもんね。

しかし、たとえラーメンを作っていても漫画家たるもの落ち着いてはいられないのです。
創作の神が降りて来たら、すぐさまそれをメモしなければいけません。

あわてて鉛筆を走らせながら、つぶやく羽織。

「これは世紀の傑作になる!」
ラーメンなんてどうでもいい。伸びっぱなしでこの際いい。

そこへやってきた鈴愛。机の下には一種トランス状態の羽織がおりました。

菱本が、鈴愛に説明を始めます。

「ああなると誰も止められないの、猫が軒下で子を産むように、ああやってうちこむのよ」
「すごい瞬間を目撃しているんですね」

 

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中野と野方でナカノガタ!

「ナカノガタ!」

忙しいときに中野と野方を呼ぶときは、短縮する羽織。
ここで「ナカノガタ」という特撮系のロゴがどーんと入ります。

なんなんだよこの無駄な労力、遊び心は!
中野(中央線)と野方(西武新宿線)っておそらく地名・駅名からなんでしょうけど、地理的にこれは西北大学生に刺さるとこっすね。

現在、執筆中の作品は、散英社の『チープスリル』。
そのデッサンのために、ナカノガタが抱き合うポーズを取ります。

「このままキスですか?」
中野がそういうと、羽織はあっさりと「気持ち悪いから離れて」と言い放ちます。

菱本は、
「『ガーベラ』25周年記念読み切りのネームをそろそろ」
と羽織に促しました。

やや得意げに、それなら自分の部屋にあると告げる羽織です。

 

ネームを落書きと間違え……

とっておき、世紀の傑作のネームを、既に完成させていたとドヤ顔気味の羽織。
しかし部屋にはなかったようで。

羽織は皆の前で言い放ちます。

「私の部屋を掃除したのは誰だ? 部屋を掃除したのは誰ですか? 誰が掃除したのかな?」

何度かの宣言の後、
「……私です」
鈴愛が、小さく手をあげました。

「私のネームを知りませんか?」
そう問われて答えに詰まる鈴愛。

実はネームというものがあるとは知っていても、それが何かは知らない、そんな鈴愛でした。
「何か、落書きのようなものが……散らばっていました。ゴミ、かと」
「捨てたの?」
「はい……」
「それが私の大事なネームです!」
「丸まって床にありました!」
「そんなはずはない、机に重ねて置いてあった! あれは私の遺作、いや、遺作にしてもよいくらいの傑作だ! 早くゴミ収集車を追いかけろ!」

まずいまずいまずいまずい。
何か決定的にまずいですよ!

 

原稿は我が子と同じだ、切腹せよ

ここで菱本が、追いかけたところで燃えるゴミは収集車に積まれた時点で、圧縮されているから無駄だ、それこそ砂漠で砂金を探すようなものだと説明します。

「思い違いかもしれない、探そう!」
菱本がそう言い、皆で捜索することに。

「あれをネームと思わなかったのか?」
皆が出て行ったあとで、怒りがおさまらない羽織は、鈴愛に詰め寄ります。

「いえ、クシャッと丸めてあって」

ここで鈴愛の回想シーン。

床に無造作に散らかった紙(確かにクシャクシャ)を手に取り、迷う鈴愛。
そのまま丸めてカップラーメンの容器に突っ込んでしまいました。

羽織は淡々と語ります。

「……昔ある編集者が、漫画家の原稿をなくしてしまった。編集者が謝ると、漫画家は、原稿は我が子と同じだと言った。その編集者は講談館の先代社長の墓の前で、ナイフで腹を切りつけ死のうとした。きみも切腹してもらう!」

でえええーっ、大河ドラマかよ!
秋風羽織、あんた島津久光かよ!

何言ってんだよこの展開?
「オフィスティンカーベル」より、「オフィス薩摩チェスト」みたいなこと言いだしちゃったよ!

大河ドラマと朝ドラの緊迫感、まるで逆じゃないですか。

 

今日のマトメ「ネームや構想メモは死活問題」

アメリカの大御所ホラー作家スティーブン・キングの長編に『ファインダーズ・キーパーズ』というものがありまして。

ややネタバレになってしまいますが、大作家が残したモレスキンノートが物語の鍵を握っています。
そのノートには、小説の構想がメモされているんですね。

なんでキングのこの話をしたかというと、クリエイターにとって構想メモやネームが、どれだけ大切かということを思い出したのです。

完成原稿にコーヒーをこぼされても、余裕があった羽織。
それがネームをなくされたら錯乱しました。

ネームがどれだけ大事かって話です。

ネームや構想メモは死活問題なんですな。
作品の種のようなもので、すべての根源です。

こればっかりはなくなったら、リカバリ不可能なのです。

そんな大事な構想メモが失われるのも、あるあるかもしれません。

あの時点での走り書きはぐちゃぐちゃで、思いついた人しか解読できないのです。
だからこそ捨てられる危険性もあるわけなのです。

実は私も、どちゃくそ汚い構想メモを書いたりしているのですが、自分ですら時折捨ててしまいます……。

ただ羽織にせよ、周囲の人にせよ、ネームが何かとか、重要性は説明しておくべきじゃなかったかな。
ボクテやユーコはともかく、鈴愛はネームなしにいきなりスケッチブックに漫画を描いちゃう子ですよ。

見ているクリエイターの方からは、結構な悲鳴もあがっている本作。
クリエイターたる脚本家が、傷をえぐるような描写をねじ込んでくるのが一因なのでしょう。

ただこれは個人的な意見ですが、そのナイフで痛めつけるような描写も、許容範囲です。
前作の『わろてんか』での「私の創作物に文句つけないで!」っていう甘えよりは全然……。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

2 Comments

しおしお改め、七歳上

毎日、目が離せません。
和子さんのカウンセリングを受ける表情にどちゃくそ見入ってしまいました。

ビーチボーイ

違う船の写真を撮って来たというだけでお前は岐阜に帰れと怒鳴りつけ、今度は命の次に大事なネームを捨てられて逆上したとはいえ、18の田舎娘に向かって切腹しろと。これはもちろんどちゃくそ悪質なパワハラです。今ならただじゃ済まないですが、30年前だと普通だったんでしょうか。特に、お師匠様の所に住み込みの弟子なんていうのはもう。既に世に知れ渡っているように、西洋料理のシェフとかパティシエのような外部からはエレガントに見える世界ほど実は軍隊や相撲部屋並みの野蛮な暴力がまかり通ってますからね。してみると少女漫画あたりもそうなのか。
ここは脚本家さんの力量が一層発揮されるところですね。爽快朝ドラで陰惨な絵づくりは決して許されない。かといって秋風師匠の苛烈なシゴキを「フクロウ町のノリ」で簡単におちゃらけさせて終わりでは、視聴者もかえって引いちゃうだろうし。さあどうする。ますます目が離せません。

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