絵は未熟、でもいいね
そのころ、東洋動画の会議室では――試験の採点に漫画動画チームが挑んでいます。
奥原なつの作品を見て、仲はニッコリと微笑みます。
ここで馬の蹄の音や嘶きというSEも入る。仲の脳裏に浮かぶものを、聴覚でも示すのです。
仲は、採点をしている井戸川にも見せます。
「おー、いいんじゃない」
下手だけど、馬がキャラクターになっている。
おもしろい!
そういう評価です。
「絵は未熟。でもいい」
仲は、50点代が目立つ中、なんと70点代を記しております。
この採点場面、いいと思いますねえ。
仲は、感情豊かに表現するタイプではありません。そんな彼が思わず頬を動かす。こりゃかなりのものでしょう。
褒め言葉も、具体性があるのです。
「すんごぉぉぉおおい! これは天才の絵だぁあああ!」
とか、役者に顔芸させながら喋らせる。そういうことはしません。****のラーメン試食時の反応と比較するとわかりやすいですね。
絵は未熟とダメ出ししながらも、個性と可能性があると高評価する。
そういう流れだから、不正感がないし、納得もできる。
それを、なつの絵や演技も含めて描く。本作は実に丁寧な仕事ぶりです。
風車にはあの社長もいる
さて、ここから先は赤提灯の風車へ。
書店オーナーの茂木社長も来ておりました。
いいですねぇ。昭和の新宿だわ。
藤正親分とは違って、ちょっと浮いているんですよね。洒落た社長ですから。
それでも、川村屋では酒が飲めないと言い切って、おでんを突きつつ酒を飲む。
そういう混沌としたところが、実にいいんだよなぁ。
「マダムとバターカリーが恋しくなったら行きますよ」
そう言う茂木に、バターカリーはいつでも待っているとなつは告げます。
受け答えに、茂木も、なつが新宿に慣れてきたと嬉しそうです。
ここでちょっとご注意を。
茂木はマダムが美女だから、鼻の下を伸ばすために川村屋に行くわけではありません。マダムはサロンを形成しているんですね。
サロン文化。
フランスあたりでは盛んで、彼女たちあたりがその代表例ですが。
知性溢れるマダムのサロンで集まって、その当時最先端の文化を語り合い、高める。
そういう優雅な文化というものがあるものです。
それを男尊女卑傾向の強いナポレオンがぶち壊したと、スタール夫人は激怒したわけですが。
「美人マダムが見たいぜ、げへへ〜」
という方は、****教団支部あたりに退避なさってください。
そういうんじゃねえんだ。
そんなふうに、マダムに会いたくなったらば行きますよ、と言い切る茂木社長。
これは紳士ですわ。赤提灯で飲んでいても、紳士なんです。隠せません。
詩人になるか、死人になるか
茂木が嬉しそうな一方で、なつは浮かない顔。
過ぎ行く時間に取り残されるようだ、と不安げです。
亜矢美がニヤリとして面白がります。
「新宿に来ると、詩人になるか、死人になるか」
なつは詩人ってどういうことかと戸惑っていますが。
むしろ死人の方がシャレになっていないから!
昭和のこの頃。
任侠の香りを残した浅草ヤクザから、新宿ヤクザに転換した時代。
戦争帰りで、暴力や死体に慣れきった人が多かったこの時代。
人の命も軽いものです。
家族を失った帰還兵や、戦災孤児が多かった時代。
実際に死人が出る。
シャレになっていない!!
※このレベルの殺し合いの時代です
劇中では血しぶきは飛び散りませんが、そのへんの路地裏で喧嘩が起き、ときには銃声が響くかもしれない――そして死人が出ているのもあながち冗談ではないんだ、と脳内補完すると良さそうです。
なつは、兄はどうしたか聞きます。
詩人か死人かということかと誤解されますが、現在の居場所です。
すると、その兄・咲太郎が入ってきました。
嵐を呼ぶ咲太郎
お、出たよ、咲太郎!
暖簾をくぐって、噂をすれば来店です。
ここでなつのことを探していたと、すれ違いだと語ります。
きょうだいだから、まぁそれで終わりですけれども、さっちゃんやレミ子だったら、そんな想像をしてみると。
「私がさいちゃんを探していたら、さいちゃんも私を探していたなんて❤︎」
「通じ合う気持ち……❤︎」
こうなりかねん!
魔性の男めぇええええ!
咲太郎は、面接結果がまだだと聞いてこう愚痴ります。
「気取りやがって」
役者見るより、絵の方が早いだろって。
これが江戸っ子のせっかちですね。
蕎麦をしっかりとめんつゆにつけて啜ることすらできねぇ。そんな江戸っ子ですわ。
なつは、陽平の本が役立ったと言います。
おかげで馬の動きが描けた。
そういう具体的な話をする頭脳がきちんとあります。
天陽とのことは、当事者以外わけがわからないだろうし。
「答えを教えてもらったようなもんだな!」
そう浮かれる咲太郎。
う、うぅーん。彼の辛いこれまでの歩みが見るようでしんどいなぁ。
きっと彼は、人脈で生きてきた。
頼るもののない戦災孤児だから、そういうちょっとずるい手段が大事だった。そういう生き方をしてしまった。
なつの育ってきた環境とは違います。
努力して報われなければ、その環境が悪い。泰樹はそう言い切りました。
それこそ北海道開拓者の世界だべ。そういうものでした。
新宿はそうじゃないんだ……。
このきょうだい、そこを踏み越えて分かり合えるのかな?
なつは慌てて、そういうことではないと取り消します。
茂木が穏やかに、自分の書店が役立ったと確認しています。
恩を売りたいということではなくて、そんなニッチなニーズに応えて、入荷させていた自分の見る目を確認していると。
野上とそこが違う。
未知の新文化に貢献できて満足。うふふ。そういう文化を支えるプライドを、押し付けがましくなく滲ませるのです。
なつは咲太郎から、自信があるのかと聞かれます。
「うん、ある!」
一生懸命やったから、自信がある。そう言い切るなつ。
前祝いのように乾杯します。
あれ?
野上はともかくとして、マダムや雪次郎にもここまで本音を出していないような。
咲太郎効果だな!
なつも咲太郎を話すだけで、気持ちが軽くなったような気がする。
ホッとしているとナレーションで説明されています。これも、きょうだいでなかったら危ういでしょ?
「どうして私は、さいちゃんといるとこんなにホッとするの❤︎」
「これが恋……❤︎」
咲太郎は、うまい酒みたいな奴です。
気がつけば酔っ払ってしまう。
艶ですねえ、色気ですねえ。
それから一ヶ月……
それから一ヶ月。
なつは平常心を装いながらも、働いています。忙しくても、あの話が抜けないのです。
そして、ついに待ちに待ったあの封筒が届きます!
部屋でそっと開けると、そこにあった結果は……。
「不採用通知」
なつよ――無念。
ここは、この間の夕見子を意識しているのかな。
こういう意地悪さが、たまらないものがあります。
なんてことをしてくれるんじゃぁあああ!
不採用という現実
一通の不採用で、ここまで盛り上げる。
全体的にお見事でした。
同じような経験がある人としては、どうにも苦しくなるんじゃないかなぁと。胸が痛い、ああ、痛い……。
なまじ乾杯までしちゃったし、なつは慎重ですから、マダムや雪次郎には抑えていました。
しかし、どうしても咲太郎のせいで祝っちゃって。
もう、いたたまれません。
そういう心情だけではない盛り上げ方もあります。
戦災孤児への差別も、きっちりと言及してきました。
あの戦争で苦労した。全国民がそうだ。
だから我慢しなさい――そういう【受忍論】について、考えなければなりません。
◆受忍論はどのようにして生まれたものですか(全国空襲被害者連絡協議会)
その【受忍論】の残酷さと、受け入れてきた側の無念が、あのなつと雪次郎の会話から思い出されました。
どうしてなつが、そんなことを受け入ればならない?
柴田家じゃない。私たちだって怒るよ!
そこまで引き出してきた、本作の誠意を感じるのです。
さて、ここまで盛り上げて、どう納得いく着地を見せるのか?
アニメーターになるからには、逆転はある。
そういう結果ありきでも、盛り上げる力が本作にはあります。心をかき乱す、そんな力が宿っているのです。
どう着地させてくるかな?
明日が待ち遠しくなって来ます。
咲太郎がおそろしい……
さて、そんな中で。
なつの対極にいて、不敵な笑みを浮かべているように見えるのが咲太郎です。
このきょうだいをシーソーの両側に配置することで、新宿編序盤を盛り上げてきました。
咲太郎はおそろしい男ですよ。
先週も散々指摘しましたが、まさに魔性。危ない。
顔かたちの問題じゃない。天陽は、魔性じゃないでしょ?
彼は魅力的ではあるし、生き方そのものが美しい。けれども、妖艶ではない。
北海道編の男は、みんなそういう傾向ありますよね。
素直なんです。あの泰樹だってクリームソーダの前では、3歳児のような笑顔になるくらいですし。
敢えてあげるのであれば『あさが来た』の新次郎に近いっちゃそうですが、あれはあくまで上方のつっころばし(押せば転んじゃいそうな、柔らかな上方の色男)。
『いだてん』の美濃部孝蔵も近いかな。
『半分、青い。』のマアくんはさておき、萩尾律もそうではない。
顔は抜群にいいし、性格もよいところはある。ただ、彼の変人職人気質がミステリアスだと誤解されて、話がややこしくなっているだけ。狙った色気では別にないんだな。
****の**さぁんは、もういいでしょう……。
咲太郎は、苦労と悲哀。
調子の良さ、親切心、明るさ、優しさ、人情。
ただの人間のクズのような軽薄さ。江戸っ子のせっかちと短期と喧嘩っ早さ。
そういうさまざまな要素の上で、よろめきながらバランスを取っている。
火消しが梯子乗りめいた、そういうあやうさが常にある。
そのよろめくあやうさこそが、艶であり、色気であり、魔性なのでしょう。
そこを岡田将生さんはよく演じています。
一歩間違ったら殴りたくなる。それでも許せる。
そういうバランスをうまく取っている彼は、見事なものです!
ナレーターである内村光良さんも、そんな我が子のあやうさを見守り補完しています。
江戸っ子の危険な色気がそこにはあります。
こういう男には、気を付けましょう!
女だけじゃない。男でも、コロリと騙されたりしちゃうから……。
※スマホで『なつぞら』や『いだてん』
U-NEXTならスグ見れる!
↓
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
北海道ネタ盛り沢山のコーナーは武将ジャパンの『ゴールデンカムイ特集』へ!
不採用を知ったら、咲太郎が暴発しそうだなぁ…
なつは高校を出て職を得ようとする、この時代なら立派に一人前の存在。
でも、咲太郎にとっては小さな守るべき妹のままでしょうし。
就職の場面では自分自身が戦災孤児であることに加えて、この魔性の兄はマイナス要素としか思えない。
社長に図々しくも売り込むし、釈放されたとはいえ警察のご厄介にもなってるし。兄ちゃんに任せたら大変なことになっちゃう。
朝から色々凄いです。
社長も純粋に面白いと感じた作画、天陽と繋がっている世界がちゃんと評価されて欲しい。
どんな逆転劇が観られるのでしょうか。
何の根拠もないのですが、
この事態の打開には、あの亀山蘭子が一役買うのでは?
と、勝手に期待しています。
でないと、先週唐突に登場した意味が…
それもまた勝手な感覚ではありますが。
両親に兄弟に、更には「戦災孤児ですか?」とまで。現代なら面接の絶対NGワードのオンパレード!
さすがに「逃げない」作品。この面接シーンは正に今昔の感に絶えません。
そして、まさかの「不採用!!」
一体何が作用したんでしょうね。
結構です、って言葉、難しいですよね、
退出を促す時にも、誉める時にも使う。
漫画映画は結構です、
どちらにも取れます。
態度で読むしかない、難しい。
だんだん意味と使い方が変わった言葉でしょうか。
もう結構です、とか
結構好きです、
結構なお点前で、は言いますね。笑
なつが困るのはわかるなあ。
なつの馬は私は子馬に見えました、
元気いっぱい。
天陽君の馬、美しかった~。