昨日、京都アニメーションで起こった放火事件には、言葉を失うばかりです。
亡くなられた方にお悔やみ申し上げますとともに、負傷された方にお見舞いを申し上げます。
アニメ製作がこんなふうに危険にさらされること。
いや、アニメのみならず、労働者の命がこんなふうに危険にさらされることは、あってはならないことだと思います。
よござんす、まずは朝ごはんでも
風車に現れた夕見子は激怒しております。
富士子が大学に色々と問い合わせてしまったせいで、高山の実家にまで連絡がいってしまったのです。

「もはや東京にはおられん、さらばじゃ!」
「待て、どこへ向かうのだ!」
「わからん。はっ、わかったとしてもなつには言わぬわっ!」
夕見子は吐き捨て、亜矢美にこう言うのでした。
「昨日までの給金をいただきたい」
「まぁ、よござんすけど……」
毅然とした夕見子の態度も面白いのですが、やはり亜矢美の山口智子さんが絶品でして。
「よござんす」
という古く気取った言い回しを、軽くコミカルにこなすわけです。脚本も演技もぴったり。
「なして逃げるの、好きなのに、なして逃げるッ! 親に相談できんの?」
なつが激情の北海道弁をぶつけます……が、夕見子には通じません。
そういうことが嫌なのだ。
親にいちいち相談することが、嫌なのです。
逃げて幸せになれるのか。
なつの問いかけに、夕見子はこう返します。
周囲から認められる。
人から許可を与えられないと幸せになれない――それこそが嫌なのだと。
それに対して高山はこう言います。
「もう無理すんなや。俺といても、いいこと一つもない」
「いいことは、これから一緒に作ってゆく!」
ここで亜矢美がナイスカットイン。
「とりあえず朝ごはんを一緒に食べよう!」
お腹に何か入れれば、落ち着くかもしれない。
ナイスなフォローですね。
最低の高山を倒すべく、あの総大将出馬!
朝食の席が、とにかく不穏。
なんと高山は、本気ではないとかブツブツ言い出すのです。
これには咲太郎が「考えてからものを言え」と凄みます。
いろいろ問題はあるけど、咲太郎はきちんとした誠意の持ち主なんですよね。
高山は続けます。
「うまくいくと思ってなかった……うまくいくわけない。こんな厳しいなんて」
収録の出番待ちをしていた、夕見子役の福地桃子さんと、一緒に駆け落ちしてきた高山昭治役・須藤蓮さん。高山は泰樹さんを意識しているそうですが…似てますか?#朝ドラ #なつぞら #福地桃子 #須藤蓮 pic.twitter.com/dxA0hjogmH
— 【公式】連続テレビ小説「なつぞら」 (@asadora_nhk) July 15, 2019
完全に弱気です。
亜矢美は納得しています。
どうにもジャズ評論の持ち込みがうまくいかないようでして、そこを指摘され、高山はこうです。
「ジャズなんてただの遊び」
老舗デパートの後継ということに不満を感じ、同人誌で書いてきたジャズ評論で踏み出せると新宿まで来てしまったのでしょう。
しかし、そこで自信喪失してしまった。
北海道ではブランド力圧倒的の北大生でも、所詮は井の中の蛙であったのかもしれません。
これならレール通りに歩んだ方がいいかも……そんな迷いでしょう。
しかし、それを素直に認められるほどプライドが低くない。
「好きになったのだって……マル高デパートの後継だからだ、好きになったんだべ」
「それ本気で言ってんの?」
自分を守るために、正当化するために、他人に責任転嫁するという、このクズっぷり!
このとき、亜矢美が席を立って店の方へ向かっていたのでした。
そこには……。
【ジャーンジャーンジャーン!】
げえっ、ジジイ!
総大将・泰樹、満を辞して上京す――。
なして夕見子のよさがわからないのさ!
「夕見子は俺のこと好きでない! 計算高くて、傲慢で、優しさもかわいげもない。わからない女だな!」
そう高山がキレだして、夕見子は反論します。
「男がわからないものを、女ならわかれっていうの!」
うーん、これもな。
もしここで、彼女が謝りだし反省すれば【優しさ】があるということになるのでしょう。
ワッと泣き出したら【かわいげ】があるんでしょう。
んなもん、いらん。阿る必要ないからな。
咲太郎が怒り、高山を止めに入ります。咲太郎は火野正平さん系プレイボーイ、魔性の男だからね。
そういうところも「だがそれがいい!」で受け止められるんでしょうが。
まぁ、高山は小さい奴なんですわ。
ここで、なつが目を真っ赤にして泣き出すのです。
夕見子の甘え下手、かわいげのなさ、そういうものは自分のせいだ。
私のせいだ。私がいたから。
夕見子が一番甘えたかった時期に、私がいたから。甘えられずに、それどころか受け入れてくれた。
家族や結婚に醒めているのは、そのせいだ。甘えられなかったからなんだ!
そう思い、涙が出てくるのです。
それからこう来た。
夕見子は一度も嘘をつかなかった。
私にも、誰にも、嘘のない夕見のままでいてくれた。それに救われた!

「こんな素直な子に会ったことない! こんな素敵な子に会ったことない! 計算高い? 偉そう? こんな子いる? いない! あんたになんか渡さない、許さない!」
なつ、渾身の宣言です。
熱い、熱いぞ!
「上から夕見子」という呼び方もあるそうですが、個人的にはそうは思いません。
何もかもがフラットで、むしろそういう認識そのものがないのでは?
ありのまま、レリゴー夕見子なのよ。
※ありのーままのー ゆみこみせるのーよー♪
この広瀬すずさんの、目一杯の感情が溢れんばかりの表情。
素晴らしいものがあります。
お見事!
これぞあるべき今のシスターフッドでしょう。
『アナと雪の女王』にも通じるものがある。姉妹同士が力を合わせ、悪の王子を追い出すのです。
あの映画に、
「やっぱり女の子は王子様を待っていてこそでしょ」
という周回遅れの反論もあったようですが、そういうことじゃないんです。
NHK朝ドラがここまで来たか!
姉妹が王子様を蹴り落とす境地にまで到達しました。
一騎打ちでパンチをかませ
ここで、夕見子のターン。
「結婚する気なんかない。あんたに自由なんかないんだわ」
デパートの後継者であることを捨てられない。
挫折くらいですぐ凹む。
そうだそうだ、こんなちっぽけな男ではダメだ。いいぞ、夕見子!
「自由になって、飯も作れない女と結婚してもしょうがねえべ!」
高山が最低男のテンプレセリフを残し、すごすごと退却しようとします。
「ちょっと!」
なつが怒るところを、咲太郎が止めます。
これも結構重要なところで、実は奥原きょうだいって兄より妹の方が強気なんですわ。
言うだけ言って、店を出て行こうとする高山。
お〜い、高山くん、そ、その先は……。
「お前か……抹・殺☆」
出たーッ、待ち受けていた総大将・泰樹による抹殺パンチ出たーッ!
待ってましたぁ!
パンチ一撃で店の中のものを倒しつつ、倒れる高山。
気の毒と言えばそうですが、夕見子をけなし、なつが怒るやりとりを泰樹も聞いていたわけで当然の流れでしょう。
「その髭も剃れ」
偽物は許さない宣言をする泰樹。
「お疲れ様でした!」
周囲も敬服します。
そりゃそうなるでしょ。レジェンドだもんね。高山は逃げることしかできません。哀れですな。
「はじめまして!」
亜矢美の挨拶に、泰樹は丁寧に返します。
「夕見子が大変世話になりました。夕見子、迎えに来た。一緒に帰るべ」
「うんっ!」
夕見子はじいちゃんにしっかりと抱きつき、涙ぐんでいます。
めんこい! これはめんこいべさ〜。
あの高山に対して強気でいた態度から一転して、あどけない子供のような表情を見せています。ポンポンと叩かれて、笑顔を見せる夕見子。
このめんこさに、机をバンバン叩きたくなるッ!
たまらんッ!
福地桃子さんが絶品ですよ!
夕見子って、強気で高慢なところが多い反面、子供っぽさもあるんですよね。
合格通知を持ったまま寝てしまったり。

雪次郎にズケズケとものをいうところも、甘えのような気がしますし。

そういう夕見子のわかりにくいめんこさにまで、高山如きでは到達できんのですよ。
※続きは次ページへ
自分の故郷など、ゆかりのある土地が朝ドラの舞台になったら、それは嬉しいでしょう。
でも、もし、せっかく登場したのに、出鱈目な描かれ方をされてしまったら、
「失望」さらには「怒り」にすら、つながってしまうでしょう。
新宿編のいい加減な屋外ロケは、まさにそういうもの。
あんな時代錯誤の街角や路面電車など出さずとも、この物語が新宿で進行していることは、十分に伝わってくる。
むしろ、あの街角や路面電車を出すことで、新宿であることがわからなくなってしまう上に、反感すら招いてしまう。
正に、「蛇足」という言葉そのものです。
「ロケ施設の建物や電車が、時代設定に合わない」ことをわかっているなら、引き画で町を広く写し込んだり、わざわざ電車を写し込んだりすべきではなかった。
広く写し込むのでなく、登場人物の周囲程度に寄せた画で良かったのに。
これはやはり制作側の判断の誤り、考え方の甘さを指摘されても仕方ないでしょう。
これを言うのが「おかしい」と言われてしまうのは理解に苦しみます。
「****の批判は許さない」という類の人たちと同じことになってしまう。
「脚本や演技指導は実に優れている。屋外ロケも、十勝編は良くできている。
それに対して、新宿編の屋外ロケは、あまりにも低いレベルで妥協しすぎている。
原因は何か?
次期作では改善を望みたい。」
これはごく普通の反応であるはず。
「こんな素晴らしい作品なのだから、細かいところに目を向け気にするのはおかしい」と言うのでは、いわゆる「信者」と呼ばれる人々と変わらなくなってしまう。
「優れた面」と「良くない面」は別に評価すべきだ、と言っているに過ぎません。
「優れた作品なんだから、良くない面は気にするな」ではダメです。
夕見子がやっと甘えられたと思うと泣けてきました。
じいちゃんと三人で町を歩き、パフェの話をしているときに、じいちゃんがどうしてもなつの方に意識が向いてしまっているのにせっかく甘えはじめた夕身子が嫉妬するんじゃないかとひやひやしてました。今日は夕見子を見てあげて、と。とはいえ次いつ会えるかわからないのだから、じいちゃんの「なつ愛」が漏れてしまうのもしょうがないのでしょうね(というところまで考えた上での演出だとしたらすごいです)。
そんな人間模様に意識が集中してたので、街のセットは正直どうでも良かったです。何事も予算や期間があるのだろうし、通信機器の発達の様子とか、ストーリーに直結する部分でなければある意味適当でよいと私は思います。ゆってもフィクションのドラマだし、そんなこといいだしたらあんな美男美女ばかりなはずがないってことになるし。そんなところの不備のあら捜しするより、15分の濃厚な物語を堪能したいです。
「新宿の街角」の屋外ロケが極めて不自然なのは、NHKがロケ施設「ワープステーション江戸」の使用にこだわりすぎるから。
この施設が『いだてん』の撮影に大々的に使用されていたのは知っていますが、『いだてん』に適合するのも、本来なら関東大震災以前まで。大正末期以降は街並みも工夫しなければおかしいし、問題の「路面電車」もあんな古い小型の電車ではおかしい。
まして、『なつぞら』の舞台である昭和30年代の新宿には全く合いません。
いかに「近・現代向けセット」とは言え、昭和30年代が舞台の作品に使えるのは、大正初期以前の街並み・建物が残っていた都市にしか使えないのに。
「何でもかんでもこのロケ施設で済まそうとする」のは何故なのか。
単に安直な姿勢なのか(緻密な脚本制作・演技指導とは全く逆に感じますが)。
それとも、施設側との契約に、何か包括的に全ての作品の撮影で使用しなければならない規定でもあるのか。
何とも不可解千万です。
こういう面は、『なつぞら』の素晴らしい面とは別に、問題意識を持つ必要はあるでしょう。「こんな素晴らしい作品なのだから、細かいところは気にするな」ではダメなのでは。
素敵な回でしたね。
しかし、女性の中にも未だに、勉強や仕事を頑張ってこなくても高山のようなお金持ちと結婚して料理と子供さえ作ればそれで一生安泰なんだという考えの女性が沢山いるのも確かです。
人格が優れ男女共存の稼げない男性よりも、女性を見下しご飯を作らせ家政婦のように扱っても稼げる男の方を求める。
旧来からの偏見に満ちた男性を付け上がらせているのはそういう旧来からの考えの女性なのも事実だと思います。
男性も女性も一様にどんどん変わっていってほしい2019年7月現在です。
坂場が『ヘンゼルとグレーテル』で目指した、「大人になって見返して理解を深め、楽しめるような漫画映画」。
現実にもそれに該当そうな作品はいくつか思い当たるでしょう。
『超電磁マシーン ボルテスV』『太陽の牙 ダグラム』『装甲騎兵 ボトムズ』といった作品がその例の一部。
いずれも、子供の頃は、「ちょっとわからないところがある…」と感じながら、それでものめり込んで見ていたもの。大人になってから、そのストーリーや設定などを改めて見返してみたら、「こんな奥の深い話が『子供向け』に提供されていたのか!」と驚かされる。
あと、なつ考案の「木の怪物」。劇中に出てきたデザイン画から、つい『太陽の牙 ダグラム』のCBアーマー「F4Xヘイスティ」や「H404Sマッケレル」を連想してしまい…
子供の頃、月刊コミック雑誌に掲載される解説記事のメカニックデザイン画。夢中になって見ていたのをつい思い出してしまいました。
高山が今週のMVPだ!というぐらい高山にハマりました。彼の演技が棒だとタグでは評されてましたが、大学生の頃はあんな口調ですかしたことをいう奴ってあるある過ぎて、あんな奴いたよな、いや、しかし、高山はあの頃の俺かも知れない、などとも考え。冷や汗が出てくる演技で、かなりリアリティーあるものであったと思います。
自己の「高山性」をひどく内省してしまいました。
今日の本編もレビューも、いわゆる神回でしょうか。釘付けになりました。永久保存です。
夕見子は目が覚めたのに、未だに寝ぼけきって目も覚めてないのが、屋外ロケによる新宿の街角のシーン。
相も変わらずぬけぬけと「明治の幽霊電車」を出す上に、道路は未舗装!ときたもんだ。
いくらなんでも新宿の表通りが「未舗装」とはバカも休み休みにせい!
路面電車の線路が「単線」というのもあり得ない! 都電の主要ターミナルの一つなのに!
今週前半の高山の言動は、何とも軽薄極まりないもので、聞いていてイライラ! 「あの夕見子が何に目が眩んでこんな輩に?」とモヤモヤしていました。
こういう輩につまづきかけたのは、軍師・夕見子の「一生の不覚」でしょうか。自ら目が覚めて良かったというもの。
今日は泣けました。
じいちゃんのパンチ炸裂に、
胸がスッとしました。