かつて八郎の家にあったフカ先生の絵。
喜美子は八郎の言葉からその絵を想像し、再現して描いてゆきます。
八郎に渡すつもりはありません、渡すつもりは――そうナレーションが語りますが、どうなるのでしょう。
鶏の声が朝を告げています。
八郎は絵をもらう
若手社員が増えてから、丸熊陶業では簡単な朝食も出すようになりました。
八重子が出してくる朝食は、これで簡単かっ! とゴクリとしてしまうほど美味しそうで。八郎もそりゃあ笑顔になりますわな。
本作の食事シーンで役者さんがニコニコしているのは、本当に美味しいからなんですって。
八郎は裁縫も自分でするし、朝ごはんは会社。独身独居なのでしょう。
そこへフカ先生が入ってきます。
あら珍しいと八重子が言いますと、昨夜は社長と飲んだからお茶だけでいいと告げ、八郎の前に座ります。
八郎はびっくりして立ち上がってしまう。
ここも彼の変わったところでして、座ったままびっくりしていて、頭を下げるわけでもないのです。
「なに立ってんの。座って座って」
八郎はここで十代田八郎だと名乗るわけです。
それはフカ先生も認識しています。八郎が朝ごはんを食べていると思って来たと語るわけですから。
それなのに名前から思わず言ってしまうあたり、彼はびっくりしているようです。
「これ、渡そと思てな。お祖父さんの絵はこんな感じ? 違うた?」
そう尋ねつつ、絵を渡してくる。
八郎はただ子どものように首を横に振るばかりです。
それを覗き込んだ八重子はこう言います。
「深野先生がお描きにならはったん? 流石や」
これがごく常識的な反応です。
演技かと思えないほどいつも自然な食堂女性コンビ。
えらい先生の絵を見る。しかも会社にいる人。ならばこれが、常識的な受け答えである。
じゃあ八郎は?
「とんでもない、とんでもないです! こんなん描いていただいて、いただいてもよろしいんですか? ありがとうございます! 肌身離さず大事に大事に!」
大仰ですよね。
フカ先生も、別に肌身離さなくてもええから飾ってくれればええと言います。
「大事に大事に持ち帰って飾らせてもらいます!」
「よかったなぁ」
そういう流れになる。
もっとおとなしく噛み締めるようにすればいい?
演じて、演出すればいい?
松下洸平さんの演技がおかしいの?
と、判断を下すのは早計でしょう。
『なつぞら』のイッキュウさんも、言葉遣いも堅苦しくてやたらスケールが大きかったもの。
これは人物特性としてそうしているのだと思います。
うちの仕事はうちがやります
そのころ喜美子は絵付け工房で自分の絵を見つめていました。
そこへ八郎がやかんを持ってきます。
食堂におったついでだということです。弟子の一番さんと二番さんも出社します。
「今日も暑なりそうですね」
八郎はそう言う。
おっ、調子良さそう。一番さんと二番さんも、八郎のそういうところを感じているようです。
「元気やな」
八郎って、極端というか見ていてわかりやすいんでしょうね。
先週は明らかに不機嫌さと怒りと緊張感が出てしまっていた。今日はご機嫌かつ元気です。このわかりやすさが、困った出方をするのが次の場面です。
喜美子は掃除が終わったと断って、すぐ戻ると言って八郎を追いかけます。
そこで八郎は鍵を探しています。
一番下だから預かっていると探している。その焦りとオロオロしているところが、素直に出ちゃっている。
そこで気づくのです。
「あ、ないんや、まだここなかったです。はははは」
おいっ、八郎、大丈夫か! やっぱりイッキュウさんと似たタイプだな。
鍵かけた方がええと喜美子は言う。家が泥棒に遭った体験者やし……。
八郎は中に入るよう促します。
「ええんですか?」
ここで断る喜美子は賢くて、ええ子だと思うわけです。
やっぱりそこは気遣わんと。女だからでなくて、職業人として大事なことです。
津山主導で新製品開発をしているそうですが、確かに中は何もありません。
敏春が希望備品を聞いていた理由もわかります。
八郎の仕事は試作品作りですが、そのアイデアもできていないようではあります。まだ準備中です。
これはちょっと暇でつまらないかもしれませんね。
ここで喜美子は、やかんのお礼を言いにきたと告げます。
「わざわざそんな……ついでやついで」
「ほやけど、もうしんといてください」
うちの仕事やから。
ついでとやってもらえたら甘えてしまう。明日、明後日。どんどん甘えが入る。仕事というのは、甘えが入ってはいけない。
自分はまだ下っ端なんで、自分の仕事は自分で。
そうキッパリと言います。
喜美子ぉ……素晴らしいと思う!
仕事と恋愛フックをきっちり分けてきたなあ。
こういう、仕事を手伝う、手伝わないから始まる損得って、恋愛描写のお約束かもしれへんのに。
キッパリしていますよね。
喜美子はシャツを縫ったことで、異性に接近したとも思わない。
女子力アピール? いやいやいや。
この真逆の描写が朝ドラでもあった。
『半分、青い。』です。
あのドラマでは、律が鈴愛相手に失恋したあと、より子がきっとパンを作って持ち込んだ【パン女】だと推察されていました。
男心に女子力アピールでつけ込んじゃえ! そういう手がある。
そしてヒロインの鈴愛はできないとも示されていました。
師匠の秋風から【メシアシ】(※食事係をするアシスタント)だと言われた時も、鈴愛は断固断っていた。
そのあとのNHK大阪の朝ドラでは、損得関係をフックにして接近する描写が執拗でした。
会社備品をヒロイン相手にタダでレンタルさせて、恩を着せる男。
未来の夫のピンチでも泣き叫ぶだけながらも、食事で胃袋を掴みに行くところだけはきっちりこなすヒロイン。
愛情以前に損得感情が見て取れて、ゲンナリしたものです。
喜美子も八郎も、人間関係の上下は認識している。
私は、僕は、下っ端。そう思っている。
けれども、男女関係はフラットだとわかります。
ご厚意でしてくださったのに、そう謝る喜美子に八郎はこうです。
「その通りです。余計なことをしてしまった、すいません、すいません!」
喜美子はそうこれまた大仰に感服して謝る八郎に、下っ端ならお茶入れをしなくてもよいのかと言います。
きみちゃん、もう八郎対処バッチリや。
謝るところをズラして、意識から抜け落ちた仕事をリマインドする。完璧やん。
絵と心を前にして
今日はうちが……そう言い出す喜美子に、八郎は「自分の仕事は自分で!」と言い切ります。
彼の中には「お茶は女がいれたほうがええ、うまい」という認識はないのでしょう。
八郎が慌ててお茶をいれようとすると、喜美子はおずおずと、やっと切り出します。
フカ先生の絵を自分なりに描いてみた。そう言い、あの絵を差し出すのです。
あ、くしゃくしゃやん! そう照れ隠しのように言いつつ、見せます。
山があって、水辺があって、鳥が飛んでて、光が差し込んでる。
鳥は二羽。
絵を前にして、二人は盛り上がります。
「どうです?」
「嬉しいです……」
「なんかうち、よう考えたら差し出がましいこと……」
「ほんまにうれしいです! もろてもいいんですか?」
「もろてくれるん?」
「もちろん!」
「こんなんでよかったら」
「ほな遠慮なく、ありがとうございます!」
「はぁ、絵ぇ、上手なんですね」
「はい!」
「はいって!」
絵の腕を認める喜美子に、八郎も笑ってしまいます。
ここも重要です。
喜美子は華麗な経歴を持つ一番さんと二番さんを前にして、中学校の金賞程度でうまいなんて言えないと萎縮したわけじゃないですか。
それが萎縮どころか、素直に認めてしまう。
八郎は喜美子の受賞歴なんて関係ない。素直に、見たままを褒める。
八郎はお世辞を言えない人物です。思ってもいないことで適当に褒めない。
損得感情抜きで褒める。
イッキュウさんにもそういうところがありましたが、こういう正直者が褒めたらそれはすごいことなのです。
「好きなんです、描くの……」
「わかります」
ここでもしみじみと八郎は理解しています。
「ほやけど、こんなふうに描いたん初めてかもしれん……十代田さんの話聞いて描かずにはいられませんでした」
「大事にします! ありがとう」
「もろてくれて、うちもうれしいです、ありがとう」
ここまできて、やっと八郎は謝るべきことを思い出す。
彼の心も開かれていきます。
「あの、マスコットガールミッコーと、突っかかるような言い方してすみませんでした!」
「ほんまやで」
この場面ね。
わだかまりが解けたという紹介もありますが、もっと大きな場面だと思う。その分析は後述します。
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