岐阜の実家で「センキチカフェ」をオープンさせた楡野鈴愛。
ようやく軌道に乗り始めたかなぁと思ったら、娘の花野がフィギュアスケートを習いたいと言い出し、再上京を決意します。
マスコットの岐阜犬を売り出す業界人・津曲の事務所で働くこととなったのです。同時に鈴愛は自らメーカーの起業も決意しました。
一方、萩尾律は、単身赴任してでもアメリカへ赴任すべきだと妻のより子に迫られます。そんなとき鈴愛から届けられたのは、亡き母・和子さんが残した育児日記でした。
【132話の視聴率は23.2%でした】
もくじ
「あんたは生きとる。そして生きていく。大丈夫や」
律は、自分宛の和子からの手紙を読み始めたその頃、鈴愛は自宅で晴に「育児日記を渡してきた」と報告します。
「また行ってまうな」
寂しそうな顔になる晴です。
律が手にする和子の手紙は「よい母だったか自信がない」と岐阜弁で始まっており、律は手紙まで岐阜弁かと突っ込みます。
【律が育ってくれて、豊かになった。愛おしい、かわいい】
そう愛を書き留めた和子。京都や東京に行った時は、憎いくらいだったとも。
そして最後に、こう書かれておりました。
「あんたは生きとる。そして生きていく。大丈夫や」
その言葉に、おそらくや律も励まされたでしょう。
これを預かり、届けたのは鈴愛。和子さんは、この二人を結ぶ役割を果たしました。
楡野家では、ピクニックに出かけております。
一家だけではなく、健人と麗子もおりますね。場所は、かつて廉子と仙吉を結ぶため、糸電話をした場所でした。
「ここで紙コップの糸電話やったよね」
思い出す鈴愛。この岐阜とも、もうすぐお別れです。
ここで健人が仙吉の五平餅を守ると宣言。麗子との暮らしを決めた健人が、五平餅継承者となりました。
「いい風吹いた。捕まえたくなるような風やった」
そうしみじみと口にするのは晴です。鈴愛にとって、追い風だとよいのですが。
「どんどん……嫌な奥さん、嫌な女になっちゃって」
律は大阪で、より子と話し合うことにしました。
急だからびっくりするよ、と戸惑う彼女。……不器用ですよね。
律と会えたうれしさよりも、まず責めてしまう。
律はそんなより子に「翼の学校について調べた」と言います。海外にいても、帰国してから編入ができるのだと。
さらにはスタンフォード周辺のインターナショナルスクールの資料も取り出しました。
先に渡米し、妻子を呼べるように環境を整える。
だから、翼を連れて一緒に来て欲しいのだと語る律。
「もう一回やり直したいんだ」
「どんどん……嫌な奥さん、嫌な女になっちゃって」
そう語り出すより子。
いつまでも怒らない律を怒らせたくて、わざと嫌なことばかり言ったのだと告白します。
再会できる喜びよりも「急にびっくりするよ」というセリフも、この不器用さの現れだったんですね。
「あなたを怒らせてみたかった。結婚してからずっと。出会ってからずっと寂しかった」
これに律は対して「ごめん」と一言。
うわー、より子さん! あなたって人は!
そうやって意地を張り続けていたのですね……。
なんて切ない人なのだ。嫌な女から、むしろかわいい女性になってしまいました。より子はキャラクターがわかりづらかった女性です。ここに来て、やっとその素直な顔が見えました。
「いてくれるだけで、律は助かっとった」
律が大阪に行ったためか、弥一は一人でつくし食堂に来店します。
そこで鈴愛に、律のアメリカ行きを報告。渡米後、半年すれば、より子も翼も呼ぶつもりだそうです。
「ほうか……よかった」
そう、より子ともう一度話し合えばと語りかけたのは鈴愛でした。
鈴愛にとっても、律の家庭環境の険悪さは辛いことであると、描かれて来ました。ホッとしたことでしょう。
弥一は和子亡き後、律を助けてくれたことを鈴愛に御礼を言います。
「何もしとらん」
いやいや、律がより子と話し合えたのはアナタのおかげですよ。
「いてくれるだけで、律は助かっとった」
弥一はそう言います。
どうやら律は、開発ロボットに聴覚障害サポート機能を搭載するつもりだそうです。その瞬間、鈴愛の脳裏に、
「左耳では傘に当たるどう雨音が聞こえるのか」
と律に尋ねたときのことが思い出されました。
そうなのです。
テクノロジーの進歩は、障害を持つ人々を助けております。スマートフォンなんかにも、そういう機能がついていますよね。
律は小学校のとき、耳のせいでいじめられる鈴愛を助け、助けられないときには共に堪えとった、と鈴愛は思い出します。
「律が幸せやと、私も幸せや」
そう語る鈴愛。より子と律が、良好な関係を取り戻したことを喜ぶのでした。
「お前いくつや」「アラフォーや」
鈴愛は、花野と眠りに落ちながら天井の龍に「またさよならやな」と語りかけます。
晴や宇太郎も、鈴愛がまた離れてゆく辛さを表情に浮かべております。
あぁ、そうだ。
二度目の上京ってこういうことだ。和子さんも、手紙にその辛さを書いておりましたね。
翌朝、律が寝ていると笛の音が聞こえて来ます。
窓から下を見ると、鈴愛がおりました。
「お前いくつや」
「アラフォーや」
いい歳してマグマ大使の笛じゃないだろと突っ込む律。
「お約束や」
しかし鈴愛は、そう言い切ります。
二人はその後、川縁に向かいます。
律は、花野にもらった笛を取り出し、吹くのでした。
「すーずーめー」
そうやって鈴愛を呼ぶ律に、抱きつく鈴愛。
笛で相手を呼び出し、助けてもらう関係は、鈴愛しか呼び出すことができませんでした。
それが、律からもできるようになったのです。
鈴愛も、律にとってヒーローであるマグマ大使になったのですね。
「五秒だけ許して。律、数えて五秒」
「1、2、3、4……」
四秒目が長い律です。
「ふふっ、四秒目長いな」
「ちょっとな」
「バイバイ、律」
「頑張れよ、鈴愛」
「お前もな」
互いの絆を、川縁で確かめ合う二人。
この二人にしかない何かを確認し、二人は旅立ちます。
鈴愛は東京、律はアメリカに旅立つのです。
夏虫駅ですれちがった二人は、結婚して家庭を築いたわけではありません。
それでも、夢を追う仲間として互いを励まし、さらなる高みを目指します。
今日のマトメ「ガシッと闘志を確認しあう力強さ」
今日は、なんといってもラストのハグですね。
来週から二人は新しい夢を目指して旅立つのだという宣言でした。
このハグに持ち込むまで、和子や花野の協力もあったわけです。互いの人生にあった要素が、あの抱擁を生み出したのです。
より子と律の修復も、あったかも。
より子と不仲であるままなら、鈴愛もああは出来なかった気がするのですよね。
川縁といえば、和子の葬儀でも9歳ぐらいに戻った二人が石を投げていました。川を見ていると、この二人はそのころにまで戻れるのかもしれません。
同じ志を持つ同士が、ガシッと抱き合うあの場面。
ものすごくいろいろなことが伝わって来て、素晴らしかったです。
これを男女のラブシーンとみなしたい意見もわかるのですが、そういう色気のある抱きつき方ではなかったような気もします。
戦友同士がガシッと闘志を確認しあう力強さがありましたし、そうせざるを得なかった何かも感じたのです。
思えば、本作でこの二人は特別なものがあると示されながら、わかりやすい恋愛関係の接触はありませんでした。
今日のハグをその最初の機会とみるかどうかは、見る側に委ねられていそうです。
鈴愛は、律の幸せが自分の幸せだと思い、より子と律の仲を取り戻すよう勧めたほどです。
むろん、より子があのハグを見たら、ものすごく複雑な気持ちになるであろうことは想像がつきます。
しかし、鈴愛が本気で律夫妻の間を引き裂こうとしているとは思えません。
何がなんでも二人をくっつけて、恋愛関係にしなければならないという、そういう思いを抱く人はいるはずですし、理解できなくもありません。
ただ、私個人としましては、そういうわかりやすい仲ではない二人が見たい。
というか現実にそう見えてます。
それでこそ、朝ドラ革命なのではないかと思います。
世間というのは、男女というのは二人が結婚して家庭を築かなければ、何も残せなかった虚しい人生だと判断してしまいます。
それは本当でしょうか?
当人同士にしかわからない強い結びつきがあり、その相手に背中を押されて何かを成し遂げた人もたくさんいるはずです。
たくさんいるはずなのに、居なかったことにされた人に光を当てる。
本作はそんな思いを感じます。
オマケの考察:朝ドラ家庭がまっとうだといつから誤解していましたか?
ちょっと言いたいことがございます。
「ラストシーンを不倫だと言った人、手をあげてー」
本作は変な叩かれ方が多いと思います。
不倫とみなすということは、男女間ならば恋愛感情しかないと読み取ったということで、それは本作の描きたい特別な関係を理解していないのではないか、と突っ込みたい。
そういう読解力云々でマウンティングするつもりはありません。
不倫で叩くなら、田辺店長が『失楽園』ブームに乗った時点、ボディコンの瞳さんのゲス上司にまず突っ込みましょう。
いや、それ以前に。
いつから朝ドラが、現代日本人に理想的な家庭を描いていたと誤解していましたか?
それも美化や隠蔽あってのことです。
『あさが来た』における新次郎のモデルは、妾がおりました。
『カーネーション』くらい覚悟がなければ、ただ描かないでスルーしているだけです。
あ、そういえば。『あさが来た』でも、大久保利通の死後、あさが五代様と抱き合っていましたよね。
あれは不倫と叩かれましたっけ?
五代様ついでに思い出したことがあります。
私は、朝ドラに出てくる、
【妻子をなかったことにしてまでヒロイン周辺をうろつく謎のイケメン】
が大嫌いなんだーッ!
五代様は、この枠でも上出来な部類でしたが、やっぱり嫌いな設定です。
あのですね。
ヒロインの不倫がひどいなら、『わろてんか』が究極の酷さだったと思いますよ。
史実での吉本せいは、夫の葬儀で当時でも珍しい白い喪服を着用。
これは「貞婦は二夫にまみえず」という再婚しない宣言を意味するものでした。
あの作品では、この白い喪服を持参しておてんちゃんは嫁いで来ました。
しかし、肝心の夫の葬式でナゼか着ない!
しかも、伊能栞が葬儀の場面ですら出てくる!
栞はおてんちゃんの夫が入院中でも家に押しかけ、思わせぶりな態度を取っていました。
夫が死にそうな状態で入院している最中、留守宅に思わせぶりイケメンを連れ込むおてんちゃん……。
こっちは完全アウトやろ。
この歴史映画が熱い!正統派からトンデモ作品まで歴史マニアの徹底レビュー
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
ユウコから「好きだ」と告白された場面を
思い出しました。同性だけど、色恋じゃなく
本当にその人が「好き」という気持ち。
このドラマは、好きとかハグとかのシーンを
使って、男女の色恋だけじゃない、
強い絆を描いているなと感じています。
もちろん自分の夫が他の女性と、こんな
「強い絆」でハグしてたら嫌だけどもw
でもドラマですからねえ、これ。
なので、不倫とか言ってる人に「はあ?」と
思ってしまいました。
いいハグだと思いました。
ちょっとどきどきしますね。
多分、同性同士のハグとはちょっと違う。
「ありがとう」や「頑張れ」や「大好き」や「バイバイ」や
いろんな思いがこもったハグですから。
ドライでもなくウェットでもなく。
確かに、嫁が見たら半狂乱になるでしょう。
でも、この一途至上主義みたいなご時世もいかがなものかと。
人はもっと複雑な生き物でしょ。
だって、夫婦だろうが、恋人だろうが、
全人格をお互いが見えてるなんてあるのでしょうか。
自分が知らないパートナーの顔がある方が自然だと思いますがね。
鈴愛は
ただ、一生懸命「生きる」それだけですわな。
直接誰かとバトルしている時間はないです。
だけど20代も30代もそして、40代も闘っている間に過ぎてしまう。
それは、とってもリアルに感じますけどねぇ。
劇伴(劇中BGM)の中で、《鈴愛が新しいステージに羽ばたいて行く時のテーマ曲》(?)みたいな女声ハミングコーラスが大好きです。
Fメジャーで ドーシーソミー ドーシーソラー シーミーシドーレ’ーシドーレ’ーミ’ミ’ー…
っていうあれ。
弥一さん和子さんは、律が大阪出身の女性と結婚したことがきにいらなかったのでしょう。結婚式も新居(大阪に住むのですから)もより子さん側主導で決められてしまったのでしょう。
晴さんも律の結婚にはあまり祝福的でなかったし。
そして梟町全体が(中立的なまさこさん以外は)萩尾家に巻かれてしまってる感じですね。
ヽ(-_-;)不倫だと思いました…。
あれが自分のパートナーだと思うと…
想像するだけで心が張り裂けそうになります…。
不倫だ、許せない、と叫んでいる人たちは
自分と同じく、そういう心の狭い人たちなのでしょう。
だって嫌なものは嫌なんだもん。
(他の場面を叩かないのは、さっぱり感情移入してないからです)
鈴愛さんにイライラするのは
あわよくば、が見え隠れするからです。
いっそ堂々と、律略奪宣言して欲しかった。
「あんたでは律を幸せにできん。翼も私が育てる。律と別れて。」
とより子さんとガチバトルして欲しかったです。
結果がどうなろうと、納得はできました。
より子さんだってもっと早く、本音をぶちまけることができたでしょう。
というか、それが鈴愛のキャラじゃないのですか。
母親の最後の夢を平気で奪っておいて、どうして律夫婦だけにはああも気を遣うのか…。
ラストの再婚に向けてのご都合布石としか思えなくて
すごくもやもやしております…。
あのハグはドキドキしました。特に、律が「ちょっと…」と体の向きを変えて正面から抱き返したところ!悩める佐藤健さんの色気が凄くて、ここのところ参りっぱなしだったのですが、とろけました。しかし不思議と、がっしりと抱き合ってしまうとだんだん戦友としてのハグに見えてきて、役者さんて凄いなーと思いました。
誰かと抱き合うなら、夫?でも、夫とのハグは何か違ーう。
急に、鈴愛が羨ましくなった朝でした。
一つ訂正を。
わろてんかでの白い喪服というか死装束は、夫の葬儀の時に着ていませんでしたか?
自分の記憶違いかと思いこちらのレビューで確認したのですが、やはり白い喪服を着た、と書かれていました。
あのドラマが最低の出来だったことは否定しませんが、ここでの比較の対象場面ではないと思います。
視聴者にあの手の「既婚なのに周りにイケメンを侍らせているヒロイン」に不倫疑惑を持たせないために、安易な脚本家ってヒロインを過度に恋愛鈍感体質にしますよね。「天然だから相手の好意に気付いてないの。だから相手に一方的に好かれてるだけで、不倫は未成立。セーフ!」みたいな言い訳。視聴者もあさが無頓着なのを免罪符に、安心して五代様の思わせぶりな態度に酔うわけで。
実際にはあり得ないんですが。
鈴愛と律は互いの好意に気が付いていると明示されてるから、なんかやたら不倫不倫と騒がられるのですが(ドラマファンですら、そう見なすようです)、叩かれないために主人公に不自然な言い訳を用意するドラマより、よっぽど誠実だと思うのです。
鈴愛と律の抱擁を見てて私が思い出した直虎のシーンは、自ら死罪におもむく(近藤を殺しに寝所に潜入する)寸前の小野政次がなつの膝枕でほんの束の間のラブラブというあれでした。悲しく切ないけどじんわり温かさに包まれた男女の瞬間の姿です。それを感じ取るハートを持たず「不倫だ不倫だ許せない!」と責めるような者は、感動(=人の心の琴線に触れる)ということが出来ない可哀想な人だね、と私は思うだけですよ。
なんだか、子どもができない直親としのに対する直虎を思い出した。