カッコウの鳴き声が聞こえる十勝。
広い草原の中で絵筆を握り、キャンバスに向かうなつ。
そこへ、彼女を救った佐々岡信哉が登場するのでした。
なぜだろう……風が吹くように、私の中でその光景がよみがえりました。
そう語られる、なつの声。
空襲の日――自分の手を引いて逃げ、命を救った彼のこと。
風が吹き、麦わら帽子が外れます。
演劇を通し、表現する喜びに目覚めたなつ。
そうして絵筆を持ち、彼と再会するのです。
何かが変わるのでしょう。
なして信さんがここに?
「奥原なつ……なっちゃんか。俺が誰だか分かるか?」
「信さん……」
十数年ぶりに再会しても、なつはスッ飛んでいって大げさにハグするとか、奇声をあげて喜ぶとか。そういう性格ではありません。
ちょっと戸惑い、様子を見るように……。
その後、会いたかったという相手の言葉に、ずっとずっと会いたかったと答えるなつなのです。
「なして……なしてここにいるの?」
「会いに来たんだよ、なっちゃんに」
柴田牧場を経由して、ここまで来た。
信哉は、みんないい人そうだ、なっちゃんを見てわかったと言います。
「いい人たちに恵まれたんだなあ〜、なっちゃんは」
深い。この言葉は、なかなか深いものがあります。
本作でも何度か言及されておりますが、戦災孤児のその後は暗い人生の方も多かったものでして……。
なつは、ここでこう問いかけます。
「信さん、お兄ちゃんは?」
実は孤児院に届いていた、なつからの咲太郎宛の手紙を、信哉が読んだのでした。
信哉は優しい性格なのでしょう。やむを得ないことなのに、勝手に読んだと謝罪するのです。
それはいいから、となつ。
「いかった。手紙出した甲斐があったわ」
ここで、信哉は兄・咲太郎は生きていると言います。
4年前までは、新宿で生存していたという証言があるのです。
咲太郎は、孤児院を逃亡後、新宿の闇市に行ったのだとか。
そして現在は行方不明……。
そこへ、照男が来ます。彼に頭を下げる信哉。
「心配していたぞ、早く来い。あんたも」
ちょっと険しい顔だぞ、照男。不器用な恋心を見せる照男です。
天陽も気になるのに、東京からどういうことだ?
そういうモヤモヤ感がありますね。
戦災孤児の苦悩は終わらない
柴田家で歓迎される信哉。
そこへ、悠吉と菊介の戸村親子が、血相を変えてやって来ます。
夕見子が「東京に連れ戻しに来たんではないか?」と言ってしまったそうでして。
おいっ、夕見子……推察で余計なことを言うんじゃない! まぁ、普段から一言多い性格なんですよね。
戸村親子は、完全にいきり立っています。
「今さら連れ戻すなんて許さんぞ!」
そう言い出す悠吉。
しかし、信哉はやんわりと否定します。
穏やかな性格なのでしょう。
静かな語り口で、なっちゃんの元気を確かめたい、知りたかっただけ、そう説明します。
菊介の説明によれば、親父が力ずくで止めるとヒートアップしていたようです。
気のいい北海道のおっさんなんだよ。悪い人ではないんだな。
信哉は、むしろうれしそうです。
「よかった。それはよかった。なっちゃんがこんなにみんなに大事にされていて、本当に良かったです」
この一言も、事情を知る周囲からすれば、重たいものです。
もしかして、彼はそうではなかったのかな? そう思ってしまいます。
富士子は、感極まった顔をして、信哉の苦労を思いやります。
剛男も複雑そうな顔をしています。
しかし、信哉は微笑んでいるのです。
孤児院でも、自分は恵まれていた。
指導員によく指導してもらい、将来のことを大事に思うようになったそうです。
なっちゃんを探したい。けれども、自分に精一杯で探すのが遅れたのだと。
「自分だけ幸せになって、ずっと悪いと思っていた」
そんななつ。
戦災孤児よ……幸せになったらなったで、同じ境遇の子供たちを思い、罪悪感を覚えてしまう。
探しに行くのが遅れたことを、申し訳ないと思ってしまう。
これが戦争に巻き込まれたリアルな心情なのでしょう。
自分たちの周囲は誰も戦死しない、未亡人にもならない、家族は皆無事。空襲からもギリギリで逃げた。うまく生き延びて、被災者相手に金を儲けてウハウハ!
そんな自分勝手の極みのような、戦争を挟んだ駄作がありましたっけ?
その類の手抜き作品と、本作は根本的に違います。
夕見子「この私が負けを認めると思ったか!」
こうやって再会できたんなら、いいんでないかい。
剛男と富士子がそう締めくくります。
信哉は、苦学生の典型でして。新聞配達しながら、大学に通っているのだとか。それまでは定時制高校でした。
自分の力で、三度三度の食事をするため、頑張るのだ。
そう語る信哉。富士子は感激を隠せません。
「えらい! それこそ大学に行く意味だよね!」
「かあさん、何が言いたいのさ」
と、ここで夕見子が、突っかかります。
そんな信哉から、なつの兄・咲太郎が4年前までの生存を聞き、戸村父子は喜びます。
一方で泰樹は、そうでもない、何かを考える顔です。
咲太郎は、芝居小屋で働いていました。
そこが4年前に潰れたそうで。
タップダンスを習い、米兵相手に愛嬌を振りまいていた咲太郎です。
絵で戦友を笑わせていた、父譲りの社交性と明るさがあるのでしょう。そこは妹とは、ちょっと違うのかな。
世渡りもうまい。そういうタイプですね。
信哉は力強く言い切ります。
だからきっと元気だ。これからも探す。わかったらすぐに連絡する。
そう言うと、彼自身の住所を渡します。
※続きは次ページへ
>わんわんわん様
ご指摘ありがとうございます!
修正させていただきました。
今後もご愛顧よろしくお願いします^^
「函館連絡船」が気になって仕方がありません。「青函連絡船」ですよね?
なつぞらの眼福っぷりに毎日やられています。
録画が消せないドラマは、いだてん共々久しぶりです。
草刈さんのナイスじーちゃんぶりは最高ですね。
実の孫よろしく大事に育てて来たなつへの複雑な感情が、表情一つ一つから読み取れるようで、たまりません。
ここへ来て初期の、
「それでこそ、赤の他人じゃ」
と言うセリフが効いてきますね。
血の繋がりだけではない、生活を共にして行く事で出来る絆もある。
だからこそ、いきなり今日から家族だというプレッシャーを掛けずに始める。
そして今では、目に入れても痛くない程可愛い「孫」に。
更には牧場の後継者とまで。
その一方で兄妹再会も叶えてあげたい気持ちもあり、、、
う~ん、たまらん!
やばい、早くもこの先に待ち受けるであろう泰樹ロスに震えが。
現実の世界もこう言う物ですよね。
必ずしも思った通りに事は運ばない。
ご都合主義のボタンプッシュファンタジーとは違うんです。
マルちゃん正麺をすすりつつ、今後も視続けます!
【訂正】
× 再開を果たした
○ 再会を果たした
失礼いたしました。
昭和30年の当時、信哉が東京から遥々と十勝を訪ねた旅路は、おそらく車・船中少なくとも3泊を要する長旅だったと思われます。青函連絡船の時代であるのは当然ながら、「特急」列車も多分まだなく、急行列車も苦学生の身では手が届き難い。長距離普通列車に揺られての旅路だったでしょう。
また、その僅か1年前の昭和29年は、9月に大きな台風海難災害の洞爺丸事故が発生していました。終戦後9年を経てなお多数の人命が失われた、死が未だ近かったとも言える時代。そういう意味でも、再開を果たしたなつと信哉には、「よくぞ元気で…」との思いが深かったことと思います。
草原の中で、信哉の姿を認めたなつ。
今回はもう、見ているこちらはその冒頭から感情が溢れて止まらない。
柴田家に信哉が招かれる。そこで、早合点した夕見子らは戸村父子まで呼び込み、「連れ帰らないでくれ」と懇願。
その姿からも、なつがいかに大切にされていたか、信哉は全てを察したのでしょう。
もう、こちらの感情がもたない…
第一週以来、久しぶりに「考えるな。感じろ」に満ちた日でした。
そして、
信哉が帰った後の柴田家。それぞれの思い。
このラスト2分間ほどの間、しみじみとしたBGMが流れます。
こういう感じのBGMの入り方は、今までも何度かありましたが、いい感じの入り方だと思います。
イ・ビョンフン監督の韓国ドラマ『イ・サン』や『トンイ』、『オクニョ』等で、よく似た感じでBGMが流れるシーンがありますが、やはり効果的な使い方です。
某作のような「苦し紛れにBGMでごまかす」等とは大違い、と言うより、比べるのも失礼極まりない。
あ、やっぱりあれこれ考えてしまった。