スカーレット115話あらすじ感想(2/17)どの道を選んでもそれで正しい

食べてもおいしいつまみを頬張りつつ、セリフを言う。口の中の食べ物は見せない。当然の技術です。しかし、過去においてこの辺ができていないことがあって失望したものです。

課長になっても、信作はある意味変わらない。

缶ポックリで遊んでいた頃。

友達ができない高校時代。

お見合い大作戦で失敗し、次郎たちから白い目で見られていた頃。

飲みに行っても、わけのわからないことを喋っていると、周囲がしらけてくることを察知してしまうのでしょう。

なまじ課長だけに、そういう部下の気遣いがつらい。上司相手ならば相槌を打てばなんとかなったものの、される側になるとつらい、と。

「飲みに行っても、楽しないねん、誰と飲んだら気が楽やろうて考えたらお前や。こうやってゆっくり飲めんのは、お前くらいしかおらん。そやから名古屋から呼び出しおった」

おう信作、そっちから名古屋へ行ったらええんちゃうか? 手羽先でも食ったらええ。そう突っ込むのはさておき。

八郎は何か相談したいのかと迫る。言えと。すると信作は語り始めます。

「東京のな。出張先のビジネスホテルでな。決まったホテルや。いっつも同じところ泊まんねん。これがまった狭い部屋でなあ。それはええねんけど、その部屋のベッドの横に、ライトがあんねん。そのライトのスイッチがどこにあるかわからん。あのスイッチ、どこにあんのやろなぁ。はぁ、どこにあんねん。誰も聞かれへんねん、こんなん……」

フロントに聞けや!
そもそも案内ないんか? 非常口は確認しとけよ。

そう突っ込んではいけない。

「わかる」

八郎はわかるからさ。

「誰にも言えんわ、こういうどうでもいい話……」

「わかる……」

本作、特に信作はしょうもないことでウダウダしていて意味がわからない、普通じゃないとは突っ込まれます。

ええんちゃうか。人が足を引っ掛けないようなところですっ転んで、ウダウダ悩み、言えなくてつらい。そういう人もおんねん。

そういうところに日を当てることが本作の意味だろうし、喜美子とアンリとの対比にもつながっとるし。

不倫だ! ゲス! キッス! セクシー! ゲス展開! セレブライフ満喫! テレビ出演! ウハウハ! 金満生活!

そういうトレンディバブリー世界観はもうええから。

束縛されない、束縛しない でも寂しいねん……

喜美子は、縁側でお花のスケッチをしております。そこへアンリがワインを抱えてやって来ます。

「ただいま。買うてきたで」

そのあと、食卓の喜美子にお盆で何かをアンリが持ってきます。

「はいはいはい、できたでえ〜!」

「ありがとうございます」

何かお腹にいれんと。そう声をかけるアンリ。悪酔いに対して、そういう気遣いがあるようです。飲み慣れとるわ。

喜美子はお礼を言います。

が……。

「うーん、なにこれ」

冷やご飯をそのまま入れて、お茶をかけただけ。そういうシンプルすぎるお茶漬けでした。

大久保直伝である喜美子のものと比較したらあかん。でも、喜美子って違いはそれとして受け止めて、マウントはしない性格です。ここでダメ出ししたりせんのよ。

アンリは素直です。冷や飯にお茶をかけただけだと言う。

「ふふっ、ありがとうございます、いただきます」

アンリはここで、自分は買い物して食べて来たとあっさり認める。そのうえでコーヒーもらうわとインスタントを入れてしまう。

「あの、昨日一緒に暮らそう言うてたの、覚えてます?」

「酔うた勢いでな」

「酔うた勢いでしたね……」

川原ちゃん!
小池ちゃん!
そう盛り上がって、部屋空いてるからええ言うたでえ。

そう返答されて、喜美子はこう要望します。

「あの、ほんまに一緒に暮らすんやったら、出かけるときは言うてくれます?」

そこは心配するからさ。
一人だったら誰にも言うことないから、そういうつもりなんでしょうけど。

そう言われ、アンリはこう返します。

「めんどくさいなぁ。ほな出かけるときはあんやの許可を得て、どこに行くか言う」

「そう言われると……いや、やっぱり大丈夫です。言わなくて大丈夫です」

喜美子は前半生、ずーっと縛られるようにして生きてきた。そのつらさを知っているからこそ、自分が束縛することに耐え難いものがあるのかもしれない。

支配されること、支配すること、そして束縛されること、束縛すること。喜美子は両方キッパリと嫌いで、誰とも上下がない関係を築きたいと思えてきます。

学歴とか。男女差とか。収入とか。地位とか。ともかくなんもかもが嫌いで、全部ぶん投げたいタイプとみた。

「ありのままの姿見せたる!」

※少しも熱くないで!

そういう道をこれほどまでに強烈に突っ走るヒロインは、まだなかなかそうはいないと思う。それどころか、むしろ嫁姑、夫婦、収入、地位……そこにはやっぱり上下があったものでして。嫁姑いじめとか、見どころだと言い切る作り手おったもんね。そんなん知らんわ。

それもやりすぎると、なんか暴走気味になって理解できないほど吹っ飛ぶ。そういう境地に突っ込みつつある。それが喜美子です。
下克上。きっと『麒麟がくる』の松永久秀も、喜美子のことは気にいると思う。

でも、ありのままのエルサが寂しいように。
そして大野課長も寂しいように。

この穴窯女王も寂しいのです。それゆえ、こんなことをおずおずと切り出す。

「ほんまに暮らします?」

「一人で寂しいんやろ。泣いてたやん。川原ちゃん、ハチさんハチさん言うて泣いてたで」

「ハチさん……」

なまじ、信楽の噂を知らぬアンリが、なんだかすごい姿を暴きおった――。

しかもその八郎は、信作がある意味確保済み。

どうなる、明日が待ち遠しい!

しかも、番組最後の投稿コーナーが狙っとる。

「八郎おにぎり」

喜美子の八郎似顔絵をおにぎりで再現する。そんな猛者の投稿でした。

本作、どんな策士がおるのやら……。

視聴率、朝ドラの限界とは何だろう?

本作はそこまで数字が伸びていない。

ただ、視聴率関連を見ていて気づいたことですけれども、テレビ全体で視聴率の低下傾向はあります。

民放のドラマにせよ、大河にせよ、朝ドラにせよ。ここ数年単位で、かなりの減衰傾向がみてとれますね。

テレビそのものが、衰えてきていると認識した方がよいのでしょう。

私個人はドラマ通の真逆で、幼少期からむしろ見ていないので、何とも言いようがありません。もう配信でよくなってしまい、端末で見ることが習慣になってしまっております。

そんなわけで、本作の低視聴率が失敗と断定できるとも思えないのです。

さすがに数割激減してしまうような異常事態ならばともかく、そうでなければ評価はほどほどで構わないのではないでしょうか。

そして出てくる。本作低迷は【朝ドラの限界のせいだ論】。

これもさっぱりわからないのです。はい、いつものアレやし、ここから先はしばらく読み飛ばしてな。

・主人公経歴の大幅な変更

・モデルの経歴が黒い

・主人公夫妻のモデル、実は夫婦じゃなかった

・露骨な企業宣伝

こんなんやらかしておいて、何を今更。

※悪をもって悪を制す? いやいやいや……

今年はむしろ良心的や。感動すらしてしまう。今日の掛井の言葉には【普通じゃない】家庭に生まれ育った者の心が根付いていた。

周囲は普通じゃないと言うからこそ、そうじゃないと否定する。

あんな父の子だから冷たいと思われるかもしれない。自分の気持ちでそうではないと、証明する。

親は親で、子は子。そして私たちは普通だ――。

こういうことを言い切ってこそ、公共放送の意気込みだと思う。

朝ドラだから。数字を取りたいから。役所のチラシのような普通の家庭を描く。

そうすることで【普通じゃない】家庭出身の方がどういう気持ちになったか、考え始めたんやろなぁ。

朝ドラの誠心誠意をこめた謝罪のような気がした。だって過去作品では、男女カップルの女が年上というだけで、「ありえない、脚本家の妄想だ!」という叩き記事まで出てましたからね。どんだけ、多様性を認めたくないのか。

そういえば『なつぞら』もヒロインは孤児、その妹は離婚していましたよね。兄の妻はかなり年上。

ディズニーが、結婚で幸せになるプリンセス路線否定をし、エルサに王子様を用意しなかったように、朝ドラも、何か別の幸せを見せていきたいんだと思います。

喜美子がこの先、八郎と再婚しようと、アンリと同居しようと、一人暮らしを選ぼうと。それはそれで、どれも正しいと思う。喜美子の選択を見守るだけでええと思う。応援しとるで!

ほんで、視聴率に話戻しますけどね。

2020年代、ちゃんと生き延びるコンテンツにするのであれば。多様性への配慮、名作を作る気持ちが大事でしょう。萌えやSNS熱気だけに頼っていてはあかんいうことですよ。

そういうことがあるVODを見た世代からすれば、いつまでも昭和の手癖を再生産するものを見せられたら、嫌気がさすだけです。

朝ドラが100作目を突破した今、新しい機軸を見出したいのだと思います。

誰かの宣伝ではなくて、誰かの救済になるような燃える朝ドラ。それでええんちゃうか。

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

【参考】
スカーレット/公式サイト

 

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