半分、青い。117話 感想あらすじ視聴率(8/15)大人になんかならへん

ヒロイン鈴愛は、結婚生活の失敗後に娘の花野を連れ、岐阜の実家に戻ります。

そこで思いついたのが「つくし食堂」2号店。
立地の良い物件が見つかり、店で出すための【五平餅】作りに猛特訓で挑んでおります。

そんなとき、花野は萩尾家に「はじめてのおつかい」に行きました。
すっかり萩尾家をエンジョイする花野に、律は思わず言ってしまいます。

お母さんは昔漫画を描いていた――。
アカン、それは鈴愛が内緒にしていたやつや!

【117話の視聴率は20.7%でした】

 

どっちが誰の五平餅?

ついに、鈴愛の五平餅ができあがりました。

本作、魅力の一つ。
それは現場のノリノリ感が伝わってくることです。だって、ここで五平餅が出てくるSE、前のめりで楽しんで作っていないですか?

「いかせていただきます」
という晴さんもすっかり時代劇調だし、BGMもエレキギター混じりですけど、やっぱりちょっとファンキーな大河ドラマみたい。

二種類の五平餅を食べてみて、どっちが美味しいかと聞かれても「うーん」と迷う晴。
おそらくや片方が仙吉で、片方が鈴愛なのでしょう。

宇太郎がここで任せろと食べ始めます。しかし……。

「ん? ん?」
と迷っております。いずれも味が完成しているようで、仙吉のものか、鈴愛のものかわからない。

鈴愛は会心の笑みを浮かべます。

ここで重々しい口調で、仙吉が念押し。

「合格!」
SEが歌合戦の合格チャイムじゃん! ノリノリですな。

かくして時代劇チックに鈴愛流の五平餅が出来あがるのでした。

 

花野の手に『一瞬に咲け』

食堂で試食をする大人たちの前に、花野が戻ってきました。

律に送られてきたそうですが、その律はもういません。どうした?
って、そうですね。鈴愛が漫画家だったことを思わず花野に漏らしてしまい、逃げ去ったんですね。

花野の手には『一瞬に咲け』があります。全ての字が読めるわけではないので、絵を眺めているだけの様子ですが。

「返して、返してっ!」
と、漫画を取り戻そうと、娘相手にムキになる鈴愛。律は自宅で、パソコンを使って資料を見ておりました。

その彼の携帯電話が、容赦なく鳴り響きます。

「観念してさっさと出ろ!」
かけているのは鈴愛です。

この迫力には晴もビックリ。
「……はい、出ました」

律も観念して、ようやく電話に出ます。

 

律に指摘され、思わずガチギレの鈴愛

鈴愛、怒りの追及です。
なぜ漫画家という過去をバラしたのか?

これに対し律は、ナゼ隠したがるのか?と不審がります。

結局、挫折してしまったから、かっこ悪い。それゆえに花野の前では絵すら描かない鈴愛です。
もしも、ホンキで描いてしまい、元プロの絵だってことがバレ、周囲からただ者ではないと思われるのはイヤなようです。

そこで律は、鈴愛のことを「ただ者ではないだろう、『一瞬に咲け』は名作だ」と反論します。
「まだそこにいるのか」とすら言います。

「そこ」というのは、漫画家を諦めたまま立ち止まっているステージという意味ですかね。

これには鈴愛が激怒。
親友だろうと、幼なじみだろうと、同じ日生まれだろうと許せんと言い残し、電話を切ってしまいます。

うーん、鈴愛のこうした考え方が、一部で反発を招いたり、理解されにくい所かもしれません。

鈴愛は思考回路が武士道型の気がしてきました。
五平餅特訓だけじゃなくて、漫画についてもそうです。

「やるなら天下を獲るか? それとも諦めるか? しかし諦めたら、それは敗北だから隠せ!」
って、そんな感じでしょう?

漫画家末期のころ、師匠である大作家・秋風羽織を超えられるぐらいでないとダメだ!と自ら道を投げたくらいです。

ついでに言うと、涼次を見切った際の
「死んでくれ」
も、武士っぽいかな。
武士というか、戦士というか。オール・オア・ナッシング、そういう激しさがある。

こういう天下人思想、武士ぽさ、刀を装備した戦士のようなところも、朝ドラヒロインらしからぬ像です。
マーベル映画なら、この手のヒロイン、見つかるかもしれません。

 

最高の結婚相手って非現実的?

昼は喫茶、夜は飲み屋になる「ともしび」。
ここでブッチャーが、草太相手にクダをまいています。

「お姫様と結婚したと思ったら、それが人間だと思って落胆する、それが結婚!」
おいおい、いいんかーい! ナオちゃんに言いつけるぞ?

こういうちょっとした台詞も面白いんですよね。

実は鈴愛も、雨の中で踊る王子様のような涼次と結婚しています。
それがただの人間どころか、もう駄目だと思った鈴愛の本音が、
「死んでくれ」
ですからね。

逆の例を見つけると、律の妻・より子は結婚相手としては最高の良妻賢母だけれども、どうにもロマンスの香りが薄い気がさせられる、そんなところがあります。

ヒロインが既婚の朝ドラならばほぼ確実に入手できる、ロマンチックで最高の結婚相手って、実は非現実的なのかもしれません。
このドラマ、小さな台詞も聞き逃せません。

 

「姉としてはいいけど嫁としてはな〜」

鈴愛は、自宅でチラシの裏に絵を描き始めます。

綺麗ないきいきとした筆致で、自作のキャラクターのツグミとカメコが仕上がります。

ここに仙吉がやって来て、こう言います。

「さすが上手やな」

ちなみに鈴愛作の『一瞬に咲け』ガーベラ新人賞受賞した読み切り版は『花とゆめ』2018年16号に掲載されておりまして。こんなお話です。

写真部のメガネっ子・カメコは、憧れの陸上部員ツグミの写真を撮影するものの、告げることが出来ず、相手のバイト先に大量のチュッパチャップスを持ち込んでもくろみが外れるくらい鈍い子。ちょっと鈴愛ぽいです。
そんな不器用な写真部の子と、大胆なツグミの恋物語が中心。
不器用ながら近づこうとする主役と、大胆に相手の不器用さやつんけんさをはぎ取るツグミの距離感が可愛い。不器用な写真部の子のかわいらしさを見ていると、このマンガに惚れた涼次の気持ちも分かるかもしれません。
ツグミのためにプルプルしつつコンタクトをつけるヒロイン。これがかわいいんだ!
なかはら先生の作画が可愛くて、漫画そのものもいいんですけど。
これを、律にキュンキュンしていた鈴愛が描いたと思うと朝ドラファンなら尊さに感動して震えが来てしまいます。『半分、青い。』ファンなら必読。素敵なマンガをありがとう。
つまり、カメコはヒロイン。ツグミは相手役ですね。

一方、一人で飲みにきた草太は、嫁・里子が綺麗なのに嫉妬深いと愚痴ります。

それは草太がイケメンな上に優しいからじゃないの?
花野を送っていったら保護者がざわついたほどですからね。

姉の鈴愛くらいボケとったらと愚痴る草太に、「姉としてはいいけど嫁としてはな〜」と言いつつブッチャーが呼びだそうとします。

それを止める律。まあここで呼び出したら、漫画家だったことをバラした件について、鈴愛がガチギレするという判断でしょう。

 

人間は大人になんかならへん!

そのころ楡野家では、仙吉が「娘に絵を描いてやれば喜ぶ」と言います。

鈴愛は、漫画家を辞めた、そのことはかっこ悪いのだと言います。
が、仙吉は、ママが頑張った結果がどうでも、かっこ悪くないと力強く背中を押します。仙吉は、漫画家を挫折しそうな鈴愛と電話で話しました。頑張ったことを知っているのです。

このあたり、仙吉が草太には話せなかった満州での戦争体験をからめて話したんですよね。
あぁ彼は、孫娘を戦地で挫折した自分と並べたのか、と思ったものです。

と言いつつ、気持ちはわかる、とも続ける仙吉。
実は彼が五平餅作りを辞めたきっかけも、子供じみた意地の結果でした。

ずらりと店の外に並ぶ客が、草太のカツ丼目当てで、「カツ丼! カツ丼!」と言っている様子が面白くなかったのだとか。

「人間ちゅうのはな、大人になんかならへん。ずっと子供。競争には勝ちたい、人に好かれたい、お金が欲しい。人として、これでよかったんや。忘れたらあかん!」
そう言い、五平餅を2号店でやることが嬉しかったと赤裸々に語ります。

あぁ、もう><;
思わず震えてしまう仙吉さんのセリフよ!

今ぜんぶこのセリフを味わいたいけど、もったいないので後述します!

 

膝の上で花野に音読しとった!

「ともしび」ではブッチャーが草太に、木曽川での糸電話実験エピソードを語っています。

鈴愛と律の二人がいた「梟会」の思い出ですね。
鈴愛のことを思い出すと辛いのか、それともブッチャーの絡み酒に付き合ってられないのか、律はカウンターで一人酒のようです。

鈴愛は、犬の可愛らしいキャラクターを描き、「よし!」と笑顔になっておりました。
すると、宇太郎の声が聞こえてきます。

「いつもキミが跳ぶところを見ていた——」

ん?
と気になって見に行くと、花野を膝に載せて、『一瞬に咲け』を朗読中です。

「やめて、やめてっ、音読しないで恥ずかしいっ!」

慌てて止めに入る鈴愛ですが、花野はニッコリ。
その笑顔を見るうちに、鈴愛にもややぎこちない笑みが浮かんできます。

 

今日のマトメ「大人になんかならへん」

「人間ちゅうのはな、大人になんかならへん。ずっと子供。競争には勝ちたい、人に好かれたい、お金が欲しい。人として、これでよかったんや。忘れたらあかん!」

この台詞、スマートフォンのメモ帳に保存します!

今まででも一番刺さり、自分にあてはまりすぎて床を転げ回りました。

本作に対する批判の中で、
「ヒロインが成長しない」
というものがあるようです。

んで、私は聞きたいです。
人間全員が成長すると思っていました?
それってどんな成長ですか?

確かに本作の鈴愛は、結婚、出産、育児、キャリアの階段をのぼっているようには見えません。

漫画家としてあのままヒットしていれば王道だったのか?
それとも涼次と結婚していたらよかったのか?

確かにそういう生き方もあるでしょうし、その選択をしても本人の自由であり、他人からどうこう言われるものじゃありません。

それは対鈴愛に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。

人生は平坦でもないし、様々な過去があります。
そういう鈴愛みたいな、曲がりくねった道を歩んだ者に、本作はリアリティをもって突き刺さります。

鈴愛が漫画家という過去を隠したこと。
これも賛否両論でしょう。
あれほど感動のあった秋風塾を否定しているとか、漫画家の過去を隠すって大げさだとか、そう言いたい人もいるかもしれません。

しかし、私は納得しました。

前述のように、鈴愛はバリバリの武士です。戦士です。
天下取りにかすめなかった過去は言うほどのことでもない、そういう気質です。

天下を取るか、無一文か。
そこまで自分を追い詰める人って、今の世の中では理解者も少ないでしょう。
そこそこの道を通ってればいいじゃん、妥協する奴を馬鹿にしているのか、と、時には敵視すらされかねません。

そういう武士道に生きる鈴愛タイプを、どこまでも救うのは、そういう話じゃない。

「人間ちゅうのはな、大人になんかならへん。ずっと子供。競争には勝ちたい、人に好かれたい、お金が欲しい。人として、これでよかったんや。忘れたらあかん!」

競争に勝ちたい!
好かれたい!
金が欲しい!

天下取りとは関係なく、そういう次元の欲求を発揮してもよいという、この全肯定。
仙吉さんの言葉通り、私もそこを認めようと肯定できました。

というのも私も
「自分のレビューはどうなのよ?」
という感情はずっと押し殺してきたのです。

納得のいかない、一言でいえば嫌いな作品を全力で叩いてきました。
もちろん、刺激の受ける、一言でいえば面白い作品は全力で喜びを表現しようとしてきました。

そんな私のレビューに対して、どんな審判がくだされるのか。
たとえ褒められたとしてもスルーしてきましたが、それが変わりつつあります。

競争に勝ちたい!
好かれたい!
金が欲しい!

それがよくて、正しいんですね。
仙吉さんの言葉を胸に、もうちょっと子供っぽく、素直に生きてもよいのかと心の底から思えました。

最後に。
今日の放送を受けて、編集さんがこんなことをポロッと。

「これって心を裸にすることですよね。怖くて恥ずかしいことだけど、認めたほうがラクになりますね。って、説明している時点で、私には恐れやゴマカシの気持ちがあって、鈴愛の域に到底達してないってことなんだなぁ、頑張ります(T_T)」

たぶん私も含めて多くの方がそうなんでしょう。
だからこそ、ナチュラルに突き抜けていく鈴愛が眩しく、人によっては敵意の対象になるのかもしれません。

鈴愛ってば力強い!

◆著者の連載が一冊の電子書籍となりました。
ご覧いただければ幸いです。

この歴史映画が熱い!正統派からトンデモ作品まで歴史マニアの徹底レビュー

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

【参考】
NHK公式サイト

 

7 Comments

匿名

こちらのレビュー、まるでナンシー関さんみたい・・・素晴らしい!

ビーチボーイ

私もドンピシャリ同じですよ!今までで一番心に刺さりました、今日の爺ちゃんの言葉。《人間は大人になんかならへん。》…いや、本当は多くの人は大人になってしまうんだけど(律の奥さんなんかその典型例かな)、なっても決して幸せではないんだよ、というのが仙吉さんの教えの肝なのかも知れません。
私自身、自他共に認める万年子供なので、周囲の「大人」達から常にさげすまれもするし、羨ましがられもしている人生です。
ともかく、仙吉さんって凄いや、やっぱり。秋風先生が彼と意気投合した理由がよく分かりました。人生の達人同士なんですね。
わろてんかや西郷どんは、こういう素敵なセリフに全然お目にかかれませんね。だからアカンのです。チェストオ気合入れたるぞオと怒鳴るばっかりの連続じゃ、見る人の心に何も響いては来ません。

いししのしし

うん、うん、今日のコメント欄は皆さん冴えてますね。レビューワーの情熱と共鳴しているように感じます。盛り上がりますなー。

ヒグタツ

欲望が生物の生存を支えている。訳ですが、日本文化ってそれをオブラートに包むのを良しとしてきたので、あからさまを好まない。
というのは私の中にも根強くあります。
でもこの物語の鈴愛を好ましく感じるのは、家族が、友人が、ご近所が、それを包んであげてくれている構造だからと思います。

同年代(*^^*)

曲がりくねった、時に後悔でいっぱいの過去の集積の上に今の人生がある。花野ちゃんみたいに、その過程で生まれた命がある…いやいや、実のところは誰だってそうやって生まれてきて、その先っぽにかけがえのない一人一人の人生が広がっている。
スズメちゃん独特の自分への厳しさを前に、いつもなんとなく感じていた劣等感を払ってくれた仙吉さんの台詞。なんだか、お盆の時季にぴったりの神回と思えました。合掌。

Zai-Chen

初めてコメントします。

考えてみれば、鈴愛が五平餅で2号店を作ると言いだしたのも、「おじいちゃんの五平餅は売れる!」と、思ったからですよね。
「おじいちゃんの味を遺したい」でも、朝ドラヒロインおなじみの「五平餅で皆を笑顔にしたい」でもない。
でも、仙吉さんにとっては、こう言ってくれたのが一番嬉しかったんじゃないかと思います。
思うように利益が上がらなかった。後輩に先を越されて出世された。そんなとき、我々はつい「金が全てじゃない」「地位が全てじゃない」と自分に言い聞かせ、「大人」になろうとします。その気持ちは決して誤魔化してる訳でなく、結構本心からそう思ったにしても、奥底のところで納得してない自分がいる。それを、未熟だとか潔くないとか言って背負い込んでしまいがちなのですが、今日の仙吉さんの言葉で救われた人は多いと思います。
だからこそ、てっぺんとったる!と、時に無謀に自分勝手にジタバタするすずめが愛おしく、目が離せないんですけどね。

momo

今までで一番感動した台詞で、時々自分を消したくなる程の恥ずかしさ、情け無さ、自己嫌悪をさーっっと洗い流してもらったかのようでした。
競争に勝ちたい、人に好かれたい、お金が欲しい(翻れば楽して生きていきたいってこと)。これ全部煩悩と呼ばれるもので、それは恥ずかしい事だと、隠さなければならないことだといつの間にか思って生きてきました。
でもそういう欲求は自分の中にずーっとあって、それを自覚したり後から振り返る度に、なんて我儘なんだ、と自己嫌悪に陥ります。いつまでも大人になれない自分に失望する。
でも、仙吉さんは「人間はそういうもんだ、ずっと子供だ」と許してくれたような思いがしました。
確かに煩悩を完全に捨て去ったら、それはもう人間じゃない。仙人とかだ。みんな同じような欲求を持っていて、それをどれくらい隠して生きてるかってだけのこと。
鈴愛は隠さない。それで拒絶されることも多いけど(就活失敗しまくってたし…)、その開けっぴろげさに強さと憧れを持って集まってくる人達がいるのも事実。
脱線しますが、昔ガンダムのアムロとシャアについて論じた文章がありまして、その中で「シャアの強さを真似するのはそれほど難しくない。仮面で本当の自分を隠してるから。アムロの強さを真似するのは難しい。剥き出しの心を曝け出していて、自分が傷つくに決まってるから。誰だって傷つくのは怖い。それを実践したから、アムロは当時の同年代の視聴者の心を掴んだ」というのがあって、鈴愛を見ていて思い出しました。

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