わろてんか49話あらすじ感想(11/27)育児描写は魔のターン

開業から1周年記念を迎えた風鳥亭。
商売が軌道に乗ったのを機に藤吉とてんは結婚を許され、啄子はアメリカへ旅立ちました。
2人の間には長男も生まれ、今日から新展開へ。さて、どうなることでしょうか……。

 

ついに魔の育児ターンへ突入してしまった

今週は、先週のマトメからスタート。ダイジェストで見ると、てんと藤吉が工夫をして売り上げを伸ばしたように見えます。
ダイジェストの方が、中身がきちんと詰まっているように見える。なんだか不思議なドラマです。

今週は一歳になる隼也をおぶったてんが、客を呼び込むところからスタート。恋愛要素や結婚までをかなり引っ張った割に妊娠発覚と出産をスルーというのは、ちょっと意外ですかね。
順調に客足を伸ばす風鳥亭では、従業員も増やしました。

ここでナレーション。
「働くお母さんは大変です」
これは今週は育児ネタでやるからという宣言でしょう。

うーん、正直、嫌な予感です。
というのも、ここ数年の朝ドラで、この手の時代考証的になっていない「育児と仕事の両立」を描いておもしろかったためしがないのです。
『あさが来た』ですら、それまでのよい調子が崩れた魔のターン。
現代と当時では、まるで環境が違うのに、ムリに今の感覚を落とし込むとどこかで必ず歪が出てきてしまうのでしょう。

 

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芸人探しに忙しい藤吉は家を空け続け

万丈目は京都の小屋からもオファーが来ています。
ここで京都発のライバル・松竹がモデルとなった同業者をチラっとでも出せばなあ、と思います。
後々、芸について描く気があるなら、伏線として出していてもおかしくありませんが、もしかして本作でライバル業者は出てこない……?

ここで亀井が、男でも子守ができるか、しぼれば乳が出るか、みたいなやりとりをしています。
『真田丸』の信繁の長女・すえの育児で、似たような場面を見た気が。

藤吉は芸人探しで忙しく、家を空けているという設定です。
その仕事内容を少しでもやればなぁ。なんて一瞬思ったのですが、ドコへ行っても毎度同じようにふるふるした声で土下座というのも、松坂さんが気の毒で見てられないんですよね。

「てんと隼也のためにも俺が稼がなあかん」
こういう台詞を吐くわりに、妻子のことを考えているようには思えない言動を積み重ねるのが藤吉という男です。これについては後述します。

 

藤吉、節句の準備、忘れちゃうんでしょ(´・ω・`)

隼也のために端午の節句の準備をしましょう、と相談しあうてんと藤吉。
これはおそらく「藤吉が端午の節句のための飾りを買い忘れて、てんが激怒する」フラグでしょう。

定番中の定番ですね。現代劇なら結婚記念日、誕生日を忘れるパターン。
ですが、本作なりの工夫が入っていれば、うまく展開させられるかもしれません。

ここで相談相手としてを投入します。
栞、風太、リリコの誰かを投じる「恋のライバルローテーション」が、火曜日まで待たずに月曜日から来てしまった?
いや、さすがに子供を産んでおいて恋はないか。
今後の栞の使い方、どうなるのか。

と、期待して見ていたら、栞は神妙な顔で「働きながら子育てに家事。大変だ」と言います。これは女性視聴者のガス抜きですかね(´・ω・`)

しかし、
「俺もがんばらんとな」
と、藤吉が綺麗事だけを言って、さらにこのあと酔い潰れることで再び不満のガスが注入されてしまうのです。

実際、てんが酒をもらいにいった先で、歌子が万丈目に関して不満タラタラ。
本作はてんに備わっていない吉本せいらしさを、脇役が補うという不思議な構成をしております。
せいの語り残したことを読むと彼女は夫に相当不満があった様子。夫のだらしなさにブレーキをかけていました。

要するに、今度は歌子の方が吉本せいらしくなってきた、ということですね。

 

松竹が伸びている話も盛り込めばいいのに

てんが戻ると、藤吉が栞と話し合った結果、寄席を増やすことにしたと言い出します。
しかし、まぁ、栞のアドバイス頼りってのもなんだかなぁ……。

どうせなら、この場面で、松竹が京都で寄席小屋を増やして伸びている――という話を入れたらいいと思うのです。
ライバルの存在は必要ないんですかね。いやいや、絶対にあった方が盛り上がるでしょ!

翌朝、出かける藤吉に端午の節句の兜を買って帰るように頼むてん。
やっぱりこれは忘れて激怒で、そこから逆ギレフラグだろうなぁ……と思ってしまいます。
今夏、某石鹸メーカーがこのようなCMを作って、大炎上していたのですが、そこに突っ込んでいくのかなぁ。

駄目男から駄目夫へ――。
藤吉は、着実に、しかもリアルにグレードダウンしております。
共働き夫婦の家事負担が社会問題化しつつある中で、いかにも子育て放棄のダメ夫まっしぐらというのは……なんだか今から震えてしまいそうです><;

ただ、これ、当時の家庭環境と照らし合わせると「どっちがダメとかいいとか」そういう話ではないから、やっぱり描きにくいところなんですよね。
だから寄席経営の話題を中心にすればいいのに、と(´・ω・`)

 

給与計算の紙がインクで真っ黒! いや、それよりも……

てんは隼也の前で算盤をはじき、芸人たちの給与計算をしています。
するとそこで席を外し、戻るとインクをこぼされてしまうのでした。

目を離した隙に子供がいたずらをするというのは、よくある話です。
有名どころでは、野口英世がこのパターンで囲炉裏に落ち、大火傷を負いました。誤飲事故もありえますね。

なので、戻ってきたてんが心配のあまり「隼也はどこ!」と大慌てになるのかと思ったら、給与計算の紙が汚れていることに真っ先に気を取られ、ちょっと違和感( ゚д゚)

更には、そこへ居合わせた芸人連中も結構ひどいです。
特に、自分の給与の支払いが遅れるんじゃないか?と不満タラタラなセリフ。
下手すりゃ、赤ちゃんの健康に重大な問題が起きるかもしれないのに、そういう自分勝手な行動を合間合間に挟むから、芸人長屋の人たちに思い入れがしづらくなるんですよね……。

そこへ姿の見えなくなった隼也を抱っこして、風太が登場します。
無事でよかったです。

 

今回のマトメ

前述の通り、今週は「育児と仕事の両立」という魔のターン。
先週で商売の機転をきちんと描けばまだ望みもありましたが、魔のターンに突入した以上、もう難しいかもしれません。

とにかく「魔のターン」ではだいたいどの作品も落ち込みます。
本作は輪をかけて激しい落ち込みが予測されます。
特に、史実の吉本せいについて知っていると、ガッカリ感が倍増です。

彼女は家庭的には恵まれておらず、戸籍に残っていない子もふくめて、十人ほど子を産んだとされています。
しかも多くの子が夭折しています。
せいは極めて不運な女性ではありましたが、出産人数が多いのも、乳幼児の夭折も、当時はよくあることではありました。

となりますと、実際のせいは、夫の生前は、ほぼ常に妊娠中で仕事をしていたわけです。
そんなたくさんの子供の面倒を見ながら、同時に仕事をできるわけもないことは、史実を見ればわかるわけでして。

では、どうすればよいか?
答えは簡単です。

当時は子守の“ねえや”がいました。童謡『赤とんぼ』の歌詞にも出てきますね。
ですからこの魔のターンへの回答は「ねえやを雇えばええやん」で終了です。

藤吉もドヤ顔して「ほんまに頭が下がるわ」みたいなポエムを詠んでいるんでなく、次の小屋を探すでもなく、ねえやくらい雇いなさいよ、と。

ねえやを雇う経済力もない場合、母親は子供を職場に連れて来ていて、それが当たり前の場合もありました。
猫ちぐらという藁を編んだ籠がありますが、あれは本来赤ん坊を入れておくものでした。
農作業で手が離せない母親は、ああしたものに赤ん坊を入れて、動かないようにして働いていたのです。

上の子供が大きくなると、弟妹を連れて学校に連れて行ってもらう場合もありました。
再放送中の2014年度上半期『花子とアン』で描かれました。
2011年下半期の『カーネーション』は、本当にそういう描写でした。
ミシンを踏んで仕事に熱中する母親の横で、三姉妹はすくすくと育っていました。だからといって『カーネーション』が駄作ではまったくありません。

ねえやを雇えば解決する問題を、なぜ大騒ぎしてやるのでしょう。

これが働くママへの応援歌だと思っているのなら、それこそ「ンなアホな」です。
この「魔のターン」は子供が大きくなったら「お母さんは私より仕事ばっかりだった!」とグレる二段階目もあるので、頭の片隅に入れておいた方が良いかも……。

そして気になるのが、朝ドラの悪影響です。
「昔の女性が、子供をそんなにたくさん産んでいたわけではない」
「明治大正時代でも、仕事と育児の両立は大変」
「仕事場に子供を持ち込むのはおかしい」
みたいな、そういう間違った歴史認識を持ってしまう人がいないか、不安になってきました。

唯一接することのできる、戦前の世界観を持つ作品が朝ドラだけという人もいるわけです。
あまりに現代の価値観や家族観に引きつけていくと、失うものがたくさんあると思うのですよ。

大河ドラマもこのジレンマに陥っていたものを、2016年『真田丸』と2017年『おんな城主直虎』で軌道修正をはかってきました。
朝ドラでもそろそろこのあたりを考え直して欲しいところです。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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吉本せい 吉本興業の歴史

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【参考】
NHK公式サイト

 

1 Comment

匿名

仕事場に子供をつれて~というのは、農業や手工業中心の田舎なら、未だに健在ですからね。
入れても問題ないんじゃないかなぁと思います。
(かくいう私もそうやって育った子供です。そういう場所だと「三歳児神話?何それ?子供は爺さん婆さんのような、手の空いてるひとや兄姉がみるものでしょう?」という価値観が根強かったりします。)
都会でも「(;´Д`)ハァハァ保育園探しとか無理…」なお母さんのために、会社で子供を預かる所も出てきていますし。

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