まんぷく 96話 感想あらすじ視聴率(1/25)イジメはニコニコ耐えてやり過ごしましょう

親として外道すぎる

はい、そんな萬平&福子ですが、本日は
【親として外道すぎる】
ことが証明されてしまいました。

我が子を鍛えるスパルタ式教育、もとい、まんぷく式教育に開いた口がふさがりません。
そんな教育を振り返りましょうか。

・成長期の我が子ではなく、セレブ気取りで御礼を言われたいから妊婦のタカに卵を全て与えたかのように見える
→ダネイホンこそ妊婦にぴったり。しかも神部の勤務先の商品でしょ?

・働くことで子供を養っていると描きたいようだけど
→『白薔薇』の給料だけで間に合うの?
内職しなくてよいの?
とにかくなんでもかんでもリアリティゼロ。
当時ならば、それこそ『ヨイトマケの歌』の世界ですよ

 

とにかく、イジメられて傷だらけで帰ってきた子供たちに対する態度が、強烈に酷い!

・泣いて怪我しているところを見て、初めて我が子の異変に気づく。登校時も悲しそうな顔を見せていたのにガン無視
→まぁ、ここら辺までは百歩譲って仕方ないとしましょう。

・おまえらは住む家があって、学校にも行けて、メシだって食えるのに不満を言うんじゃねえと凄む福子
→精神的な苦痛への気遣い、ゼロ

・玄関で立ったまま、萬平が怒鳴りつける
→「ラーメンを作ることは悪いことじゃないッ!」

・玄関で立ったまま、福子も怒鳴りつける
→「ラーメン屋になって何が悪いのよ!」

・詳しいことを聞かずに、気にするな、泣くな、喧嘩するな、何を言われても言い返すな
→ニコニコ笑って耐えろと命令するばかりで寄り添う気ゼロ

・発明家セレブの萬平さぁんが、素晴らしいラーメンを生み出せばいじめっ子にマウンティングできる!
→そんな下剋上、イヤ過ぎるわ!

そうか。
本作では、いじめってマウンティングの結果なんですね。

セレブとして目立つ側に回れば、力を持って、今度はいじめる側に回ることもできる。
それまでの辛抱じゃ――という戦国時代的発想のようです。

私は前作『半分、青い。』において、津曲が我が子のいじめを解決しようとする姿に、心ふるえたものです。

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花野のいじめに対する、鈴愛の反応とセリフにもぐっと来ました。

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それと比較すると本作って、どうしようもない。本当にどうしようもない。
本作のいじめ解決って、スパルタ王レベルやぞ。

まあ、レオニダス王とゴルゴ妃の場合、井戸に蹴り落とすのが敵の使者だから、わからなくもない。

萬平と福子は、我が子を井戸に蹴り落としたのです。
これが……ほっこりきゅん……きゅ……ん?

This! Is! Manpukuuuuuuu!!!(蹴り)
これがまんぷく式教育か……!

ギリシャ凋落のキッカケとなったペロポネソス戦争 日本で言えば応仁の乱?

ちなみに本作のちょっとあとの時系列ではありますが、スパルタ式教育がもてはやされましてね。
それが、とんでもない事件を起こします。

1970年代末から1980年代にかけて、「戸塚ヨットスクール」という学校がありました。
ここがスパルタ教育を掲げ、死亡事件まで起こしたのです。

この学校は、映画化までされておりますが、お蔵入りをしております。

そういう時代はよかったなあ〜と懐かしむ人からすれば、『半分、青い。』のいじめ解決は生ぬるく、本作こそ素晴らしいのかもしれないですね。
NHK大阪朝ドラ班は、そういうニーズをつかむ能力があるんですね。

そしてこのいじめ問題は、重要な論点ずらしにつながっています。

ナゼ、源と幸のモデルがいじめられたのか?
その点をきっちりと描いておりません。
誰がいじめたのかすら出てこない。

本作の制作チームは、子供のことに本当に興味がないのでしょう。
史実でのいじめには、以下の要素があります。

・安藤百福氏が、あまりに研究に熱中するあまり小屋に閉じこもり、リヤカーを引く姿が近所で話題になっていた
→本作ではまだ、家で優雅にしているだけなので意味がわかりません

・当時のラーメン屋、特に屋台の場合、日本以外にルーツを持つ人、借金のある人等、被差別された階層のものであるという発想があった
→台湾ルーツを削除し、ラーメンから中華要素をウォッシングすることに夢中の本作では、そこまで追えるはずもありません。
そういう最下層とみなされた労働者差別は、『いだてん』では人力車車夫の扱いできちんと臭わせてあるのですが

ラーメンの歴史は明治維新後にスタート~日本の歴史と歩み、世界の食となるまで

このいじめの背景には、人種差別問題もあったと言えなくはありません。

もしもそこに挑んだのであれば、意欲作になりえたはずです。
朝ドラで扱うにはヘビー過ぎるからカットしたと言い訳するくらいなら、安藤百福氏をテーマに選ぶべきではありませんでしたね。

本作は台湾ルーツカットの時点でお話にならないと、私は再三申し上げて来ました。
ラーメン突入とともに、そのツケがより深刻に回るようになったようです。

そんな『まんぷく』、これはもう海外進出待ったなしでしょう。
そうなれば、日清広告問題どころで済まない大炎上が出来そうで期待感が高まるというもの!

そりゃもう、『バーフバリ2』の火牛刑レベルのやつ。

・人種差別
・未成年に欲情する製塩ボーイズ
・実娘との性的な関係を臭わせる描写
・まんぷく式教育

これはワールドワイドに展開して欲しいかも。

問題ないと言っているのだからよい?んなわきゃーない

そんな本作でも、時事問題を考える上では大変役立ちます。
それはもちろん、ワールドワイドで火牛の刑となりつつある、日清ホワイトウォッシング広告問題です。

収まるどころか、燃え上がる日清ホワイトウォッシング広告問題。
これで思い出したのが、1988年の「東北熊襲発言事件」でした。

ニッカがライバルであるサントリーを退け、東北地方でのシェアを伸ばすきっかけとなった事件です。

和人はアイヌをどう差別した?大和朝廷の「蝦夷」から振り返る1000年以上の歴史

これも過去のこと。
今ではニッカ従業員が差別発言を繰り返すというトンデモナイ時代になったものですが、これを機に、再発防止に努めていただきたいものです。

◆従業員のTwitter(ツイッター)の投稿についてのお詫びとお知らせ

今回の事件は、全豪オープン決勝進出という、ある意味、最悪のタイミングでの炎上騒動となりました。

◆日清食品が大坂なおみの肌を白く描いたアニメ広告問題が世界中に波紋!

日本の一部では、
「大坂なおみ選手本人は、問題ないと言っているのだからよいのではないか」
という論調ですが、そうではないでしょう。

◆大坂なおみ選手をアニメで「白人化」と非難され、日清食品が謝罪

この騒動は、日本における人種と差別の問題を再び浮き彫りにした。

日本は今でも、極めて均質的な国だ。したがって、日本国内で人種や人種差別の問題が日常的に意識されることはあまりないのかもしれない。

しかし、日本における人種差別は繰り返し指摘されている。とりわけ2015年には、国連の特別報告者、ドゥドゥ・ディエン氏が、日本政府として対処するべき「深く重大な」問題だと警告している。

現在の日本では、人種についての考え方や、国の均質性に対する意識は変化している。日本で生まれた新生児の50人に1人は、大坂選手のような「バイレイシャル」だ。大坂選手は主にアメリカで育ったが、大阪で生まれている。

陸上のケンブリッジ飛鳥選手やメジャーリーガーのダルビッシュ有投手、柔道のベイカー茉秋選手は言うまでもないが、大坂なおみのようなスター選手でさえ、日本語で混血を意味する「ハーフ」と呼ばれる人々は、いまだに偏見にさらされる。

本人がよいと言ったとしても、日本人が「どうせどう描いても怒られる」と拗ねたとしても、何の解決にはなりません。
世界的に見れば、人種差別が露骨に目立つわけです。

そしてもうひとつ、考えるべきことがあるのです。

◆大坂なおみを白人にした日清CM~ブラックフェイス vs. ホワイトウォッシュ

だが、最も重要なのは、肌の色が異なる子供たちの心情だ。筆者のツイートに対し、日本で黒人とのミックスの子供を育てている人たちから、以下の書き込みがあった。

「涙出た。もし私の息子がこう描かれたら、ホンマに悲しい」

「(子供の小学生時代に)クラスメイトが描いた絵の中のうちの子の肌の色が、そのまま茶色で描かれていたのを見て、ものすごくものすごく嬉しかった/ありのままを受け入れて貰ってるんだなって」

そうなんです!
このほうが綺麗だ、このほうが親しみがもてると言われ、肌の色をいじられることがどれほど残酷なことか。

「あなたの生まれついたままの姿では、属性では、この社会は親しみを持てないし、好きになれない」
そう言っているってことですよ。

ここで『まんぷく』に話を戻しましょう。
本作は、台湾ルーツ削除はじめとする変更を、どう説明しているのでしょうか。

◆公式サイト 番組紹介

※実在の人物をモデルとしますが、激動の時代を共に戦い抜いた夫婦の愛の物語として大胆に再構成し、登場人物や団体名は改称した上、フィクションとしてお届けします。

大胆に再構成って何ですか?

台湾ルーツ削除の説明としては不十分です。
本作における台湾ルーツ削除に対して、こんな擁護もあります。

「台湾ルーツは、安藤百福氏があまり喜んでいなかったのだから」
「台湾ルーツだと、日本人は親しみを持てないから」
「人種差別まで入れると、重たくなるから」

むしろ善意や親切心ゆえの変更だと、言うかのようです。
台湾ルーツを消して純日本人にするのはよいことだ、そんなニュアンスすら漂わせた意見があります。

しかし、受け取りようによってはこう突きつけているようなものです。

「外国ルーツを持つ人は、内心喜んでいないはずだ」
「外国ルーツの人に対して、日本人は親しみを持てないから」
「人種差別のことなんて、日本人は聞きたくない」

差別まっしぐらですよね。
だから私は、そこを指摘していました。

そしてまさに今朝のいじめの対処が、口塞ぎそのものだと怒りすら湧いてきたのです。

いじめられた子供たちに、お前たちが気にして騒ぐからダメなんだ、我慢して黙れと言う。
これでは、いじめられた側の傷なんか、なくなりません。

気持ちがよくなるのは、いじめなんかでイライラしたくない、自分たちが上の立場だと思っている側だけです。

これぞまさに本作の真髄ではないですか。
いじめも、差別も、口をふさげばそれで終わりということです。

日清の広告騒動で打ち消しに必死になる側も、似たようなことを言っているじゃありませんか。
騒ぐ方がおかしい、って。

とても黙ってはいられない。
そんな時代がいつまでも続くと思わないでくださいね。

※スマホで『いだてん』や『八重の桜』
U-NEXTならスグ見れる!

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

立花福子のモデル・安藤仁子の生涯

※レビューの過去記事は『まんぷく感想』からお選びください

まんぷくモデルである安藤百福の記事、ならびにラーメンの歴史もリンク先からどうぞ!

※コメントにつきましては、
・まんぷくここが好き!
・まんぷくここがアカン!
という意図でご自由に記述してください。
作品に関するものについては全て掲載しております。
攻撃的な書き込み等については、こちらの判断で削除させていただきますので、あらかじめご承知おきください。

 

9 Comments

匿名

陰湿ないやがらせの繰り返しが放送内容とかぶり失笑しました。
同時に製作者の本質が浮かび出てる気がして、特殊ファンという存在の面妖さに心奪われます。

takane

今日の「まんぷく」はコメディパートとシリアスパートが急ハンドルでしたね。

まずはコメディパート、吉乃の「お父さんみたいな人と結婚したい」。
思わず笑ってしまいました。
我慢しようにも照れくささと驚きと喜びが表情に滲み出てしまう忠彦。
物語開始当初から想像もできないほどおちゃめで、見ているこっちがほっこりしました(´-`*)
もちろん吉乃も性的な部分で父親的な人を求めているわけじゃなく「(好きな人と離れている時間が少しでも少なくなるように)在宅で働いてる人がいい」(意訳)と台詞でも触れてましたが、あくまで好ましいのは生活スタイルのお話。
忠彦との比較対象が「外に働きに出ている神部」であり
「家で待っているのが寂しそうなタカ」を見ていて感じた、というあたりが解りやすく答えを示していますね。
(高校の頃の現代文のテストの読解問題を思い出しました…懐かしい(‘ω’))
しかしながら忠彦、ストイックな芸術家としての顏とマイホームパパの顏のギャップが半端ないですね。
キャラ性のブレ…ととらえる方もいるかもしれませんが、私は嫌いじゃないですね。
「ごちそうさん」「おんな城主直虎」等を手掛けた森下佳子さんがいつぞやインタビューで仰っていた「人間には様々な側面があり、ずっといい人もいなければずっと悪い人もいない」(意訳)
即ち人間故のゆらぎ、というものなのかなぁと思います。

シリアスパートは源と幸のいじめ問題。
こちらは賛否両論ありそうな内容でした。
前回、幸からいじめを告白され「両親には内緒で一緒に我慢しよう」と妹に言い聞かせた後の、源のじっと考え込むような表情と間の演出が印象的だったのですが、それが今回の展開に効いてきたと感じました。
今回、いじめが明るみに出たのは恐らく今まで両親に心配を懸けまいと我慢していた源が遂に限界を迎え(幸も巻き込まれたこともあるのかな?)言葉の暴力にやり返してしまった結果の泥まみれ・傷だらけ(物理的な攻撃への発展)だったのかと思います。
それまで視聴者もふたりの見た目から異変に気づきませんでしたからね。
今までは心無い言葉に自尊心が傷つけられることが主なものだったと推測できます。

いじめられた子供への対応…これは本当に難しい問題です。
「3月のライオン」という漫画(アニメ)作品でいじめ問題が取り扱われたときに「いじめへの確実な対処法は存在しない」という台詞が印象に残ったのを思い出しました。
ケースバイケース。
ケースAに効いた対処法は、ケースBにも絶対に効果的、ということはありません。
こちらの作品では、心が折れ転校し心のリハビリをしているいじめ被害者と「自分は絶対に間違っていない」と戦い抜いたいじめ被害者の両方を描いていました。
どちらが正しい・間違っている、ということではなく、その後二人ともそれぞれ前を向く様子が描かれていました。

また、前期の朝ドラ「半分、青い。」でも終盤でいじめが扱われました。
こちらでは主人公の鈴愛が、学校で粗相をしてしまった娘の心を気遣い、即座に転校という選択をしましたね。
このケースではこの対処をした、というだけでだけで、これが多正しいか間違っているかは誰にも非難できません。

話を戻して、今回の源・幸いじめ問題はTwitter上でも予想通り賛否両論(最初は賛が多めでしたが今見たら圧倒的に否が優勢)の意見を拝見しました。
もっと子供の心を気遣うべき、精神論ではなく今まさに傷ついている子供の現状をどうにかしてあげて欲しい。
私も正直そう思いました。
またここの、子役さん方の泣き演技が大変大変上手で…!
思わずもらい泣きしてしまいそうになりました( ;∀;)
でも、福子が言った「いつかいじめっ子もお父さんのラーメンを美味しいと言いながら食べる日が来る。だから今はいじめっ子に何を言われても気にしてはダメ。笑っていなさい」(意訳)という言葉も、決して間違っているとは言い切れないんですよね。
安藤サクラさんの演技力がなせる説得力かもしれません。
本当は子供たちを守って、今すぐ逃げる道を差し出して上げたいけれど、夫を信じる気持ちと子供たちが理不尽に屈することなく胸を張って強く生きれるよう育てたいという気持ちで、断腸の思いで強い言葉を放っている…顔をくしゃくしゃにして涙を流す福子の表情からはそんな気持ちが伝わってきました。
彼女が見せた今までにないこの姿は、捉え方によっては強い母の姿でもあり、傲慢な親の姿でもあり。
このあたりは、恐らく受け取る人の立場や感性によるものかと思います。
それでも現状は子供たちをどうにかしてあげて欲しい…とは思ってしまうんですよね…( ;∀;)

この「戦う」という選択が正しいのか否かは、今後の作品の展開が明らかにしてくれることかと思います。
まぁ、その辺はエンタメ。
ドラマですからきっとキレイに収まることにはするんでしょうけど(´∀`)

匿名

今日の「まんぷく」はコメディパートとシリアスパートが急ハンドルでしたね。

まずはコメディパート、吉乃の「お父さんみたいな人と結婚したい」。
思わず笑ってしまいました。
我慢しようにも照れくささと驚きと喜びが表情に滲み出てしまう忠彦。
物語開始当初から想像もできないほどおちゃめで、見ているこっちがほっこりしました(´-`*)
もちろん吉乃も性的な部分で父親的な人を求めているわけじゃなく「(好きな人と離れている時間が少しでも少なくなるように)在宅で働いてる人がいい」(意訳)と台詞でも触れてましたが、あくまで好ましいのは生活スタイルのお話。
忠彦との比較対象が「外に働きに出ている神部」であり
「家で待っているのが寂しそうなタカ」を見ていて感じた、というあたりが解りやすく答えを示していますね。
(高校の頃の現代文のテストの読解問題を思い出しました…懐かしい(‘ω’))
しかしながら忠彦、ストイックな芸術家としての顏とマイホームパパの顏のギャップが半端ないですね。
キャラ性のブレ…ととらえる方もいるかもしれませんが、私は嫌いじゃないですね。
「ごちそうさん」「おんな城主直虎」等を手掛けた森下佳子さんがいつぞやインタビューで仰っていた「人間には様々な側面があり、ずっといい人もいなければずっと悪い人もいない」(意訳)
即ち人間故のゆらぎ、というものなのかなぁと思います。

シリアスパートは源と幸のいじめ問題。
こちらは賛否両論ありそうな内容でした。
前回、幸からいじめを告白され「両親には内緒で一緒に我慢しよう」と妹に言い聞かせた後の、源のじっと考え込むような表情と間の演出が印象的だったのですが、それが今回の展開に効いてきたと感じました。
今回、いじめが明るみに出たのは恐らく今まで両親に心配を懸けまいと我慢していた源が遂に限界を迎え(幸も巻き込まれたこともあるのかな?)言葉の暴力にやり返してしまった結果の泥まみれ・傷だらけ(物理的な攻撃への発展)だったのかと思います。
それまで視聴者もふたりの見た目から異変に気づきませんでしたからね。
今までは心無い言葉に自尊心が傷つけられることが主なものだったと推測できます。

いじめられた子供への対応…これは本当に難しい問題です。
「3月のライオン」という漫画(アニメ)作品でいじめ問題が取り扱われたときに「いじめへの確実な対処法は存在しない」という台詞が印象に残ったのを思い出しました。
ケースバイケース。
ケースAに効いた対処法は、ケースBにも絶対に効果的、ということはありません。
こちらの作品では、心が折れ転校し心のリハビリをしているいじめ被害者と「自分は絶対に間違っていない」と戦い抜いたいじめ被害者の両方を描いていました。
どちらが正しい・間違っている、ということではなく、その後二人ともそれぞれ前を向く様子が描かれていました。

また、前期の朝ドラ「半分、青い。」でも終盤でいじめが扱われました。
こちらでは主人公の鈴愛が、学校で粗相をしてしまった娘の心を気遣い、即座に転校という選択をしましたね。
このケースではこの対処をした、というだけでだけで、これが多正しいか間違っているかは誰にも非難できません。

話を戻して、今回の源・幸いじめ問題はTwitter上でも予想通り賛否両論(最初は賛が多めでしたが今見たら圧倒的に否が優勢)の意見を拝見しました。
もっと子供の心を気遣うべき、精神論ではなく今まさに傷ついている子供の現状をどうにかしてあげて欲しい。
私も正直そう思いました。
またここの、子役さん方の泣き演技が大変大変上手で…!
思わずもらい泣きしてしまいそうになりました( ;∀;)
でも、福子が言った「いつかいじめっ子もお父さんのラーメンを美味しいと言いながら食べる日が来る。だから今はいじめっ子に何を言われても気にしてはダメ。笑っていなさい」(意訳)という言葉も、決して間違っているとは言い切れないんですよね。
安藤サクラさんの演技力がなせる説得力かもしれません。
本当は子供たちを守って、今すぐ逃げる道を差し出して上げたいけれど、夫を信じる気持ちと子供たちが理不尽に屈することなく胸を張って強く生きれるよう育てたいという気持ちで、断腸の思いで強い言葉を放っている…顔をくしゃくしゃにして涙を流す福子の表情からはそんな気持ちが伝わってきました。
彼女が見せた今までにないこの姿は、捉え方によっては強い母の姿でもあり、傲慢な親の姿でもあり。
このあたりは、恐らく受け取る人の立場や感性によるものかと思います。
それでも現状は子供たちをどうにかしてあげて欲しい…とは思ってしまうんですよね…( ;∀;)

この「戦う」という選択が正しいのか否かは、今後の作品の展開が明らかにしてくれることかと思います。
まぁ、その辺はエンタメ。
ドラマですからきっとキレイに収まることにはするんでしょうけど(´∀`)

匿名

今日の『べっぴんさん』での栄輔の台詞は、まるでここ2~3年間のNHKの失敗作大河・朝ドラを一刀両断にするかのような勢い。
制作者の感覚の古さ、顧客の求めるものを解さずに商品開発をしようとする姿勢の否定。

しかし、2年前の作品に否定されてしまう今のNHK大阪とは、一体…?

高く、気高く、美しく

今日の『あさイチ』は富田靖子さんがゲスト。ひょっとして?と思ったら、やっぱりあの映画版『めんたいぴりり』の紹介がメイン!

同じ時代、同じように食品を開発した夫婦を題材にした話、なのに…
とてもではありませんが、『まんぷく』など比較にもなりません。

大吉さんから「『まんぷく』とは違って…」という発言まで。
やっぱりそう感じる人は多いのでしょう。当然です。

匿名

広告のバナー、私のは車ばかりです。エロゲーが表示されるのは、サイトのせいではないのでは?

むんむん

これがおしんのような下層クラスの話で、じっくり当時の価値観や環境を描写した上で
・子どもの数→当時の子どもは小さな大人であり労働者という考え方であっため、多い方が喜ばれた。
・若さと美貌→若いほど、たくさん労働者(子ども)を創造できる。美しいほど(遊女や嫁として)高く売れるので喜ばれた。
・エロス→夜這いシステムが現役フル稼働している。「娘と後家は村の若衆のモノ」という価値観。よって、村のメンバー皆が妻であり夫状態なんて珍しくなかった。
に言及していたら物凄い冒険作だったのに。
また近親相姦の描写にしても「古代エジプトの王朝」や「チェンチ家の悲劇」。「本作は恐ろしいグリム童話~白雪姫・千匹皮」だったら無理がなかったのに。
残念^_^;!

匿名

面白く読ませていただきました。ただ、エロゲーム広告のバナー動画が出っぱなしで、せっかく性的な描写に対して厳しく言及しておられるのに残念でした。

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