わろてんか62話あらすじ感想(12/12)仁義なきの山守組長?

大阪・天満で寄席「風鳥亭」を経営している、てんと藤吉夫婦。
2人は、経営方針をめぐって対立します。

てんが疎ましくなった藤吉は、「育児に専念して寄席には関わるな」と妻に言い渡すのですが、彼女抜きでは雑用に足をすくわれ、自分の仕事すらままなりません。

さて、藤吉はどうするつもりでしょう?

 

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風太に会わせろと詰め寄るけれど

てんと藤吉が仲違いしたと聞きつけた風太は、嬉しそうです。

既婚者にまとわりつく枠として昨日はリリコ、今日は風太を投入してきました(ゲンナリ)。
せっかくの濱田岳さんの面白スキルも、見事なまでに使いどころを間違っているのでは><;

そんな風太に、てんは頼みがあると言い出します。

「団吾と会わせて!」

んー……いちいち突っ込んでいるとキリがないんですが、一体どうする気でしょう。
藤吉に高座のことに口出すなと釘を刺されており、裏でならこういうことしてもセーフだという判断なのでしょうか。
それとも自分なら口説き落とせる自信があるとか?

しかし、団吾と引き合わされたてんは、見事なまでに酒は断り、踊れと言われたら桃太郎の話に下手くそなふりをつけて踊ろうとします。

四年も寄席に関わってきて、余興のひとつもできないてん。
裏方のお茶子といえばそれはそうですが、芸が本当に好きならここまで酷いことはしないと思うのです。ここで笑えと言われているのはわかるのですが……。

てんのあまりに痛々しさに、風太が止めて裸踊りをしようとしますが、
「もう飽きたわ!」
と団吾に止められてしまいます。

 

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「うちは芸人を金で縛るようなことはしません!」

さすがに団吾もしんどくなったのか。てんに向かって言い放ちました。
「酒も飲めん。踊りもできん。一体何しに来たんや?」

そこでてんのドヤ顔。
「うちは芸人を金で縛るようなことはしません! 芸人と席主には金だけではないものがあります!」
(ノ∀`)アチャー

って、おちゃらけてる場合じゃないですね。
本当に、この人は何をしたいのでしょう。団吾も、見ているこちらも、全員が全員いたたまれなくなっているのではないでしょうか。

彼女の理屈ですと、何の義理もない売れっ子芸人に向かって、
「あんたの求める提示額は出さへん、うちらはこれから家族になるんやし、ええやろ」
と迫っているのと同義です。

この構造、昨年の大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』でも散々突っ込まれていました。
他人であれば報酬の発生する仕事が、家族になると無報酬になるのは「愛情の搾取」であると。

それを今さらガツンと正面突破してきて「これから搾取します!」と言い切る経営者像って斬新だなぁ、ほんと、もう(´・ω・`)

むろん、脚本を書いている方にそんな気は無いとは思いますが、ギャラは芸人の実力・人気を示す物差しでもあるはずで、こんなフザけた提案はバカにしているとしか思えません。例えば、ビートたけしさんやタモリさんに同じこと言えますかね?

 

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団吾をストーキングすると別宅には彼女の姿が

団吾にあしらわれてもてんは諦めず、赤い人力車をストーキングします。
そして追いかけた先には団吾の別宅がありました。うーん、さすがにこのストーキングは悪質の範疇に入っちゃうな。

「追いかけて来たのか、気持ち悪いなぁ」
と、団吾は結局、優しいんですよね。短気な人なら叩き出すのが当たり前でしょう。

そしてその別宅にはお夕の姿が。
何やらただならぬ状況でありまして、非常に気まずい空気が流れる場面です。

にもかかわらず、お夕に向かって団真とはどうなったのか?と聞き出すのですから、てんの神経が恐ろしい。

これ、風鳥亭に対する団吾の印象がメチャメチャ悪化してません?
むしろ最悪になっていないとおかしいですよ。

お夕は、もう団真の元には戻らないと宣言。彼女の決意に対し、【それでいいのか】という態度を団吾の前で露骨に見せるてん。
だから、なぜ、当人たちの目の前で、そんな態度なんすか><;
ほんま、団吾の優しさが天井知らずで良かったな!

というか、団吾とお夕の関係も何やら微妙で、互いに強く言えない感じなんですよね。

 

ストライキ芸人たちに藤吉ぶち切れる

一方、万丈目の妻・歌子の経営する一膳飯屋では、岩さんがスト破りで責められています。
どうやら初孫ができた祝いの品が買いたかったようです。

そこへ藤吉が入ってきて、
「いい加減にせえや!」
と、湯呑みをガチャンと置いてブチギレます。

ここで似たもの夫婦ぶりを発揮し、同じ釜の飯を食った仲間だから家族みたいなもの云々と。
ギャラを削るような真似して、今さら何が家族だと盛大に突っ込みたいです。

「何やっとんねん! 世の中も芸も変わってんのにお前ら何も変わらんやないか! 団吾に負けへんように目の色変えてやるかと思ったのに、お前らのことを信じた俺がアホやった。家族やからこそ心配なんや!」

ここで感動的なピアノの音色が流れて、いかにもいいこと言ってやったと自己陶酔している藤吉のドヤ顔が映ります。
ついに、やっちまったよ、この人。私が芸人四人だったら、尻に帆を掛けてシュラシュシュシュと一目散に逃げますわ。

実は、これも酷い話でして、芸というのは芸人だけで考えるものでもないわけです。
吉本なんかは、腕のいい脚本家を何人も雇って、面白い脚本を書かせたりしていました。要するに、興行側が芸人に芸を提供していたのです。今で言えば構成作家ですね。

そういう吉本の面白さの秘密を全部カットして、根性論でしばきあげ、芸人を追い詰めて面白いものを自発的に考えろと。なんとも酷い話ではないでしょうか。

てんは団真の元を訪れて、お夕が団吾の元にいると伝えます。
団真は、そもそも先代は団吾を襲名した二代目にお夕を嫁がせるつもりだったと打ち明け、諦めたと言い切ります。

ところで隼也はどこに行ったのでしょうか。
育児に専念という話と一緒に消えたのでしょうか。
回収できないんだったら、最初からストーリーに絡ませなければよかったのに(´・ω・`)

 

今回のマトメ「山守組長を思い出した」

てんと藤吉の情愛。てんと藤吉の芸への関心……。
肝心なことは何ひとつ伝わってこない本作ですが、ひしひしと感じることがあります。

『この脚本を書いた方は、吉本について調べる過程で吉本興業そのものと、吉本せいのやり方が心底嫌いになった。そんなヒロインの物語を書くなんてイヤだと思ったのではないか?』
ということです。

今日のてんの台詞にあった、
「うちは芸人を金で縛るようなことはしません!」
というのは、所属芸人が吉本を悪く言う時の台詞ですね。

もっと後年には、『鯉のぼり』のメロディでこんな替え歌もあります。

 

ギャラより高い交通費~♪
大きなお金は会社側~♪
小さいお金は芸人に~♪
面白そうに稼いでる~♪

しかし、吉本のギャラ縛り、月給制度というのは悪い面ばかりではなく、不安定でその日暮らしだった芸人にとっては安定した生活を送りやすくなる、というありがたい部分もありました。
そういう背景を無視して、吉本を否定したかのような発言を、主人公のてん本人に言わせるって、やっぱり根本では吉本やその歴史が嫌いなのでは?と感じてしまうのです。

もちろん個人的に嫌いだとしても仕方ない話です。
ただしプロならば、そういう嫌悪感は別のこととしてストーリーを構築すべきかと思います。

あさが来た』では、ヒロインが鉱山にピストルを持ち込んでいました。

史実よりもはるかに穏健な描写にしていましたが、こんな場面でも本作の脚本家ならば、
「ピストルなんて物騒なものを可愛いヒロインに持たせたくないから、おつきの人が持ち込んだものをたしなめて怖がる」
なんて具合にしてしまいそうです。
そのレベルの改悪を平然と、しれっと入れて来るんですね。

あるいは、何か『大人の事情でもあるんやろか?』なんて考えてしまったりして、モヤモヤ……。

てんと藤吉がドヤ顔で言う、「芸人は家族!」という押し付けもブラック企業経営者まんまです。

個人的な経験ですみませんが、
「キミのことは、家族みたいに思っている!」
が口癖の上司に限って、ボコボコに精神をブン殴る蹴るパワハラを繰り返してきたことを思い出しました……。
まともなお金が出せない人が好きな理屈です、お前は家族だからだという。

このトンチキで、不誠実で、腹黒い言動を見ていて思い出したのが、ヤクザ映画の大傑作『仁義なき戦い』の山守組長夫妻です。

この山守という男は卑劣でどうしようもないキャラなんですが、主人公らが怒るとメソメソと泣きながら夫婦そろって情に訴えるわけです。

「頼むわい。わしを助けてくれい! この通りじゃ!」
「まあそう腹ぁ立てなや!」
「わしゃあ情けのうて、悲しゅうて、のう、分かってくれるか」
「なにが欲しい、欲しいものなんでもくれてやる! 許してくれ!」
とか何とか言い出すわけです。

それで、ほだされて気を許してしまうと、また卑劣行為を繰り返されて痛い目に遭う。

菅原文太さん演じる広能昌三は、劇中で「この腐れ外道がぁ!」と心底キレておりましたが、なぜ私はそんなシーンを、よりによって朝ドラを見て思い出してしまったのでしょう。
一体この夫妻は何者なんだろう。

「仁義なき戦いのテーマ」が脳内で繰り返し流れていて……不思議な気分です。

チャララ~♪

 

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

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