客としてならば、神楽坂のお店「杉の子」まで来てもよい――。
そう告げられて、なつと咲太郎たちは、早速、千遥の店へと向かうのでした。
そこには女将がいた
杉の子に入る咲太郎と光子、なつ、信哉、明美の五名。
孝子という女性店員が案内する中、予約していた奥原だと告げる咲太郎です。
感極まった様子の咲太郎となつに対して、カウンターの奥にいる千遥は硬い顔をしています。
こういう表情が、一番いいかもしれない。何かを秘めていて、凛としている。そういう顔が、清原果耶さんにはお似合いです。
役者の魅力を一番引き出す、そういう気遣いがそこにはあります。
それにしても、清原さんのこの和服の佇まい!
和服そのものが、化繊だと一目でわかるものでもないし、和服の特性をつかんだ身のこなしだとわかります。
若手女優でもトップクラスかもしれない。
これができていないと、ぎこちなくてカチカチになるのです。前作****のモブ友人がその典型だったな。
役者の適性というよりも、着付けと演技指導もあるのでしょう。あのドラマは、ベテラン女優すら包丁を凶器的な持ち方をしていたし……。
そういえば、清原さんは『精霊の守り人』ではバルサの少女期でしたっけ。
綾瀬はるかさんの少女期を演じられるということ。身体能力が半端ないってことだ。
身のこなしがここまで美しいことも納得。次の時代劇スターは彼女かもしれない。そのうちVODからも声がかかりそうですね。
なんて、私が今更言うまでもなく、もうオファーがあったりして? 楽しみだなぁ。
この料理指導も接客指導も抜群とわかる、所作です。
身のこなしひとつとっても上品で、本当に神楽坂の料亭に来てしまった気分。
はぁ、うっとり……。咲太郎がカウンターを希望しますが、私だってかぶりつきで女将を見たいですよ。
咲太郎にとっての妹だからというだけではなくて、人間として魅力的だ。
とりあえずビールを注文する奥原一行。料理はおまかせです。
ここで、千遥が料理をしているともわかります。
料理人として好みを訪ねるわけですが、生き別れのきょうだいだと思えば、家族としての手がかりを得ているようで、胸が苦しくなってきます。
きょうだいの好物を、聞き取るところから始めるなんて……。
そういうこともあるんですね。隣で育って来られなかったから。
咲太郎は、深い思いをこめて言葉にします。
「最後に天丼が食べたいです。お願いできますか?」
「天丼ですか?」
「それがどうしても食べたくて」
「はい、できます、わかりました」
なつぞら29話 感想あらすじ視聴率(5/3)感動の再会はストリップ小屋でなつと咲太郎の父が、よく作ってくれた。
それが天丼です。東京庶民の味です。なつも好きだったそうですが、本人の記憶は曖昧なようです。
千遥は慣れた仕草で、料理を作っています。
見ているだけでたまらなくなるほど美しい前菜がカウンターから並べられました。
前菜を食べるなつ。この所作も綺麗。
口元を手で覆い隠し、咀嚼したものは見えないようにしています。
「おいしい、とてもおいしいです!」
咲太郎もこうです。
「うまい、うまいよ、女将さん!」
食べた瞬間、奇声を脳天から発するとか。噛んだ食べ物を大口開けて見せるとか。箸を振り回すとか。踊るとか。
奇声とダンス大好きな演技指導者がNHKにいるようですが、このドラマを担当していないようです。よかった。
きょうだいを結ぶ味と会話
この食事の場面は、技術の極みのようなところがある。
大森氏やチームには何か差し入れたくなる。だって疲れますよね。
・客と従業員であることを崩さない
・その上で、限られた時間内に家族の境遇を伝える
この二点をクリアする、そういう脚本にしなければいけない。
行き当たりばったりではできません。
こう見えて家族――さりげなくそう紹介を始める咲太郎。
妻の光子、妹のなつ。明美はその下の妹。北海道から転勤してきたばかりだと聞かされ、千遥は思い出します。
あの芝田家の三女だと。
なつぞら81話 感想あらすじ視聴率(7/3)芸者とは、芸を売っても身は……「こんな人だったんだ……」
千遥は明美に似ていると言います。
「そんなわけないよ! そったら嬉しいけど」
明美の鳴海唯さんもお上手です。最年少でちょっと世間知らずかも。でも賢くて、切れ者。
セリフはそこまで多くないけど、あの明美がこうなったのかと納得できるものがあります。幼い頃から、賢かったもんね。
この場面では、セリフがない方でも目や表情で雄弁に演じています。
きょうだいのようにつきあってる。子供の頃からそうだ。
なつぞら1話 感想あらすじ視聴率(4/1)タンポポ食べるヒロインに期待♪そのセリフに、万感の思いがこもっています。
家族とは【家族になりたいという意思が大事】なんだ。
板前の上田が、千遥に頼んでいます。
「あたりお願いします!」
材料をすりつぶすことだそうです。「あたる」とも。
ここで信哉は、咲太郎の声優プロダクションを説明します。
今日は説明セリフが多いのですが、前述の二点をふまえれば納得できるんですよね。千遥に、それとなく状況を伝えるというミッションがある。
「へえ、芸能関係者なんですか」
事情を知らない、かつ人の良さそうな上田は感心しています。
「立派だからこそ、こんな素敵な方とも結婚できる」
そう言われて、咲太郎はこう言います。
「それほどのものでは……」
光子は、謙遜しなくていいと軽くたしなめます。
ここで咲太郎は、こう来ました。
「俺には過ぎた女房だ。よく俺となんか結婚してくれたと思う。とても心が広くて優しい」
「ちょっと、さいちゃん!」
光子は照れてしまい、思わず夫を止めるのですが。
そのあと、無言ながらも愛情がこもったまなざしで、じっと咲太郎を見つめているのです。
これが、心を盗まれた姫の瞳だよ!
なつぞら115話 感想あらすじ視聴率(8/12)あなたの心です愛があるな〜。くうーっ!
よく私はラブラブが嫌いと誤解されますが、ベタベタなシチュエーションが嫌いなだけなのかもしれません。
この短いやりとりも、超絶技巧だと感服しました。
・愚妻神話と決別を
→何気ないやりとりですが、妻を見下すことがマナーである悪しき風潮にとどめを刺すようでもあります。
・俺は妻の心を愛している
→かといって、見た目が美しいとか、若々しいとか。実家が金持ちだとか。そういうことは言わない。中身がどれだけ寛大で、そして優しいか。俺はそこを愛しているんだ! 照れずにそう言い切るわけです。
テレビでも、新聞でも。
『えっ! ほんとうにこの年齢?』
という化粧品広告がてんこ盛りの時代です。
女とは、若さを保たないと、愛されないようなプレッシャーすらあるこの社会よ。
ヒアルロン酸、アンチエイジング、ウィッグ……うるさいなぁ。
そうじゃなくてさ。
中身が好きなんだし、そのことを社会に向けて発信していいんだぜ。それこそがクールなんだぜ。
と、ダンディ咲太郎が表明したようなもんです。
ついでに言いますと、本作はメイクもそこまでガチガチに濃くしていませんよね。何か新時代を感じます!
不在の【主人】
ここで、明美が失言をしてしまいます。
「ご夫婦で料理人なんて、よいじゃありませんか」
「いえ、私はただの板前でして」
「主人は、店に出て来ないんです……」
上田はそう言い、千遥はそう付け加える。
闇が、深い……。
このやり取りだけで、矛盾と疑惑がミッチミチではありませんか!
なつぞら145話 感想あらすじ視聴率(9/16)その後のシンデレラプロットじゃない。
社会構造だ。
昨日の会話からすると、千遥の主人とやらは帰宅すらしていない。
料理にしたって、千遥が味の最終確認をしている。
そんな男が【主人】とは……。そんな男の愛を得られなければ、これほどの技量を持つ千遥も店を追い出されるとは……。
ここでなつは千遥の努力に感服しています。
「女将さん、女の人が料理人なんて、修行したんですね。本当にすごいです」
なつが目を輝かせてそう言う。
彼女がアニメーターとして努力してきたことを思うと、感慨深いものがあります。戦う女の団結力を感じる。
「親方に、恵まれただけです……」
「私も同じです。人生でいろんな師匠に恵まれた。おかげで、こうして生きてます」
「そうですか……」
本作は、もうラストスパートで、どのセリフにも無駄がなくて、毎朝脳みそが吹っ飛びそう。
なつの回想に出てくる泰樹の姿。
それだけでなくて、いろいろな人がいました。
インタビューで広瀬すずさんが
「ヒロインは人に救われる」
と強調していた傾向を見て、NHK東京の作戦があると思いました。
人間なんて、誰もが支え合って生きている。
そうじゃない、独力で成り上がった――と大威張りする奴がいるとしたら、ただの傲慢、無知、鈍感というだけです。
これもジェンダーバイアスです。
男が女はじめ周囲にいろいろぶん投げても、それが当然。
でも、女がそれをすると、袋叩きにされる。
『半分、青い。』の鈴愛がそうでした。
そのバッシングに、考えに考え抜いて、NHK東京は反撃をしてきた。そう感じる。
それに、支えることで、支える側が得られるものもある。
※続きは次ページへ
清原果耶さんは、既に先日まで放送されていたBS時代劇『螢草 菜々の剣』(全7回)で主演されてますよ。ちなみに私はかなりの好演であったと思いました。
「もうオファーがあったりして」なんて呑気なことを言っている場合じゃないです。