感情を吐き立たせてくれて、女性として活躍する戦友であり同志のちや子。川原家に来る回数が一番多いのは彼女ですね。
穴窯完成前に再登場した「信楽太郎」こと雄太郎さんは、八郎との思いから踏み出せない喜美子を吹っ切らせてくれました。
そういう意味では、八郎がいるここで再登場しないのは正解なのでしょう。一発屋で終わっていないのか、そこは気になりますが。
雄太郎と同時に出てきた大久保は、家の中のことをしてきた喜美子は強いと、これまた背中を押してくれました。
そして、さだ。彼女は治療だけでなく、QOL向上も大事だと教えてくれます。
圭介は、医療の進歩という希望を教えてくれました。
圭介が医者になろうと決意を固めるきっかけになった、死んでしまった妹。喜美子と同年代の彼女は、あの時代だからこそ犠牲になってしまったのでしょう。
死因は判明しませんが、戦争が終わって時間が経っていれば、食料事情も医療品もあって、命を落とさなかった可能性は高いのです。
武志の白血病は、朝から暗いものを見せるなとか、気持ちを考えろとは言われますが。
そこへの答えを圭介が出していると思えます。
当時より現在は医学が進歩していて、治療できる確率は向上しました。その背景には、喜美子のモチーフとなった神山清子さんの尽力もあります。
世の中、こんなふうに沈んでいます。それでも医学が進歩しているとわかることで、楽になれる可能性はあります。そこには希望があるのです。
あまりに古い喩えを出してもかえって不愉快でしょうけれども、敢えて出しましょう。
天然痘、黒死病、コレラ、黄熱病、スペイン風邪……そうしたパンデミックよりも、向上しているところはあるはずなのです。
今から考えるとギョッとしますが、昔は医者が手を洗わないばかりに死者が続出していました。
手を洗えるだけでも、進歩はあるのです。
ただの慰めに聞こえるかもしれんけど、医学の進歩はすごいで。治療法も、治療薬も、どんどん新しいものが出てきとる。
狙ったはずはないとはいえ、この時期にこのセリフが出てくる本作。それだけ医療考証と真剣に向き合ったのでしょう。
沈んどるなら、あがってこい!
一縷の希望のあと、現実が待っています。
このアップダウンの激しさよ。揺れ動くことこそが、本作の特徴でもあるのでしょう。
不倫するのか? 離婚は?
そういうふうに揺さぶりをかけることで、視聴者の意識を刺激し向上させる。バランスボールのような効果があるし、クリフハンガーもある。
それを理解できないで、キッチリ白黒つけろという人はもうええから。次の朝ドラに期待したらええんちゃうか。
『半分、青い。』について、「半分」という時点でキレとる人はいると以前書きましたね。全部白か黒にしろ! そうせんと納得できん人も世の中おんねん。しゃあないわ。
夕日が差し込む工房で、武志に智也の死が喜美子の口から告げられます。
「どうする? まだ病院にいるで、会いに行こうか?」
「うまいこといったらな、見せに行くいう約束しとんねん。ほな、智也のお母ちゃんに見せに行くわ。やるで」
武志は明るくそう言い切り、「指で模様をつけたん、柔らかい感じになった」と見せてくるのです。そしてこう言います。
「なあ、お父ちゃん、変な顔して見てくる」
「どこどこどこ? ほんまや」
母と子でそう言い、八郎を椅子から引っ張りあげるのです。八郎は戸惑っています。
「沈みなや!」
「あがってこい、あがってこい!」
「立ち上がらせる意味あるか?」
「ない!」
そうきっぱりと言い切る喜美子と武志。
武志は喜美子ほど気が強いとも思えないわけですが、母と暮らしているうちにその態度が身についてしまったようです。
落ち込む。沈む。そんな時間があるのならば、立ち上がるしかない。
そういう喜美子だからこそ、武志が父の不在に傷ついていることを見ないようにしてしまった、そういう残酷さもある。
酔っ払ってアンリに、八郎に会いたい本音を泣き叫んだこともある。喜美子は感情を抑圧する。けれども、傷ついていないわけではありません。
その一日、お母ちゃんは陶芸をするだろう
これが5月のことでした。
武志は「ヤングのグ」で、週3日、4時間働き、その合間に作品作りを続けて来ました。
「水が生きている」――。
そんな思い通りの波紋が描けず、武志の試行錯誤は続きました。取り組む彼を、真奈も見守っています。
そうして夏が過ぎ――。
週2日、4時間。
週1日、4時間。バイトが減っていきます。
それでも辞めずに続けています。そう語られる中、店長が武志が心配そうに見守り、武志にたこ焼きを食べさせるところがよいのです。
治せなくても、そばにいて、QOLを高める誰かはどれだけありがたいことでしょう。
そんなバイトをしている武志に、学と芽ぐみが披露宴の招待状を持ってきます。これも明るいようで、そうじゃない。先日の敏春の思いがあればこそ、彼らなりの葛藤がわかります。この二人、そして敏春と照子は、盛大な披露宴で武志をもてなすことでしょう。
そして秋――。
穴窯に備え、腰をかばいつつ、喜美子が薪を積みます。
自分のために穴窯をしないお母ちゃんは、武志の望みに反してまう。そういう気遣いでしょうか。
そこへ武志が出てきます。
「あっ、おはよう。今日はアルバイトか?」
「うん」
「気ィつけてな」
武志は穴窯の前に回ります。そこには、慶乃川の作った狸の置物がありました。
「おほほっ、変わらんなぁ。お母ちゃんに似とるな」
「道理でかわええと思うた」
喜美子はそう言い切ります。不思議なことに、ほんまに戸田恵梨香さんと狸が似て見えてきたわ。喜美子はもう、信楽焼の女神や。
「気ィつけてな、楽しんでな、あんま無理せんと」
そう喜美子は見送ります。
今日という一日、お母ちゃんは陶芸をして過ごすだろう。そんな光景ではありますが、武志は帽子を被っています。バイト中はバンダナを巻いていてわかりにくかったものの、出勤時もこうだということは、髪の量が減ったのでしょう。
変わらないようで、変わりゆく一日。彼らはどう過ごすのでしょう。
【感情】過剰コミットの世界
いよいよ終わりが見えて来ました。
メディアコントロールをしていないらしい今年のNHK大阪。叩き記事もコンスタントに出て来ますね。
前述した通り、喜美子の感情抑圧傾向が「かわいくないわ」となるところにあるのでしょう。
喜美子がもっとわかりやすく、ヨヨヨ〜と泣き崩れる母親なら、
「なんかええもんみたわ〜」
という声が多かったとは思うんですよね。
嫌な喩えを出しますけどね。
ベビーベッドの上に吊るして回るもんありますよね。ああいうもんが好きなのは、何も赤ん坊だけじゃないのす。
ドラマでも、ぐるぐる回って感情を刺激するやつ。
深く考えて見なくてもインスタントに感動できるもんが好まれる。
大仰なBGM、顔芸、役者の肩書や出演歴、あざといロケ、大仰な喋り方と演技。
そういうもんでドーンと盛り上げると、コミットできるわけです。
そういうことではあかんと、一応、義務教育の国語の時間に「行間を読む」、「作者の意図を考える」問題に取り組むわけですが。
まぁ、そのへんは人それぞれですし。学校卒業したら、勉強しなくてもええわけです。
それでええんか?
いかんでしょ。やる気のあるドラマ制作者は、噛み砕いてこそわかるもんを作りたいわけです。でも、そこまで考えずにウケを狙うとなれば、それでええともなる。手癖を使えばええのよ。
萌え〜、「キター!」、ロス、イケメン、推し、ほっこりきゅんきゅん、なんちゃら砲。
そういうインスタント感想をホクホクして投稿するから、拾って加工して、午後一にでもネットニュースにする。それを続ければ【成功作】はできあがります。
あれだけ薪を積んでいても、喜美子が陶芸をしていないという意見があるそうです。それを集めたネットニュースもありますね。おそらくや投稿側に陶芸知識が欠落しているとか、萌え不足とか、単に喜美子がムカつくとか、そういう嫌悪感に、無難な理由をつけた投稿由来ではないでしょうか。
ええんちゃうか、意見は自由やし。
視聴者こそ正義とばかりに、自分が喜美子や八郎に同情できるか、共感できるかばかりも言われ出す記事も出てくると。
こういうことをどうしてするのかというと、世の中には【理屈】と【感情】両方あるのに、後者ばかりをコミットする風潮があるからだとは思います。
職場のロッカー、休憩室、ランチであいつは気に入らんとヒソヒソ言い合う状況ですね。
「なんかアイツウザいわ〜」
「キモいわな〜」
こういうのな。
不思議だったんですわ。
政治家とか、実業家とか。業績ではなく、人柄や共感できるかばかり言い募る話に。
これは役者もそうかな。演技そのものではなくて、インスタ投稿にほっこりきゅんきゅんできたかとか。そこにやたらと注目集まるわけじゃないですか。
いくらインスタで夫婦仲アピールしようが、ドラマで酷い演技してたら、評価できんから……。
クソレビュアーも、こういうことを思いつきで書いているわけじゃないんですよ。
ポピュリズムとか、群集心理とか。そういう研究はされておりますので。ロシアの諜報機関がしょうもねえSNS投稿していたらしいわけですから、重要ではあるのです。昔なら【流言飛語】ですね。
最近本当にチベットスナギツネ顔になるのは、こういう記事の多さです。
・AIで分析! SNS投稿でこのドラマの評価は?
・このドラマについて、注目ツイートは?(と、大手SNSユーザー投稿を切り取る)
・ハッシュタグがトレンドを獲得!
自分の頭で考えんかーい!
こういうことを続けると【流言飛語】に引っかかって、コーエーテクモのゲームだと孔明の罠にハマり続ける武将になるから気ィつけてな。
朗報を一つ申しておきますと、その手の感情コミット朝ドラならば、もうすぐ始まると思います。
治療だけではない、大事なこと
さて、そんな本作ですが。
関連ニュースで、武志の生死をトトカルチョめいた気分で想像する記事が増えています。
どういう趣味や……。イケメンの伊藤健太郎さんが別ドラマに出るから【ロス】も癒せるだろうってよ。もう「ロス」って言葉はええやろ。何年前から使ってんだ。
彼の顔でなくて、役柄を含めて愛されていることはどうでもええのかな。ま、そういうネチネチした話はもうええから。
今日で、本作は病気への取り組み方、生きることへの意味をまた踏み込んできたと思います。
それが前述のQOL向上です。
このドラマを見ていて、辛くなる気持ち。それは画面の向こうの武志を助けられないことに由来のするかもしれません。
住田、敏春、「ヤングのグ」店長……彼らの顔からも、そういう戸惑いがありますよね。
でも、圭介が言ったように、世の中進歩しています。
そしてさだのように、治療に貢献できなくとも、誰かが生きる日々をよりよいものにするだけで、相手は助かるはずなのです。
◆ 『スカーレット』の武志を襲った「白血病」。ドナー登録する前に知っておきたい病気のこと
治療ができるか、できないかだけではなく、支えて寄り添い、笑うだけでも相手にとっては救いです。
◆朝ドラ「スカーレット」が描く、女性を取り巻く環境。「これでええんや」と前に進むために
素晴らしい記事です。
ただ、このドラマは女性だけの環境を描いたわけでもありません。
ジョーが教育の機会を奪われたことにも触れられていましたし。性別を超えて、生きにくい、生きることに困難を抱える誰かに寄り添う気持ちを感じました。
QOLってなんやねん。どこが医療や?
そういうツッコミもあるかと思いますが、ほんまにこれが今の最先端やから。
そんなもん朝ドラでやらんでええという意見もあるかもしれませんが、Eテレやったら見ないかもしれんでしょ?
NHKが看板でこういうことを掲げる。これぞ、受信料のええ使い道やと思うで!
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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