半分、青い。85話 感想あらすじ視聴率(7/9)握手してください

終わりの見えぬ平成不況の真っ最中。
1999年(平成11年)に28才となった楡野鈴愛は、漫画家の道を断念し、100均ショップ「大納言」で、くすんだ日々を送っています。

そんなある日、バイト仲間としてアーティストタイプのイケメン・森山涼次がやってきました。

彼の落とした詩に心惹かれ、意識するようになった鈴愛ですが……。

【85話の視聴率は22.6%でした】

 

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ひょっとして耳が悪いのでは

涼次の落とした詩を読み、心打たれる鈴愛。
翌日それを返すと、田辺も「よかったよ」と言います。しかもわざと落としたんじゃないの?だなんて。

そんなだったらむしろ嬉しい、と照れ笑いする鈴愛。いいぞ、かわいいぞっ、今週も頑張れ、楡野鈴愛!

閑散とした「大納言」ですが、運動会前は大混雑しております。

母親らしき人が、キョロキョロと運動会用品を探しています。
鈴愛の母である晴たちより、せわしない平成のお母さんたち。100均や、昭和は遠くなりにけり、ですね。

デリカシーのなさげな中年男性が鈴愛を「ねえちゃん」と呼びつけ、どこに目をつけているんだと悪態をつきます。
これを見た涼次。
ひょっとして鈴愛は耳が悪いのでは、と気づきます。

涼次は生活力なさそうなだめんずですが、チャーミングであることは間違いない。

さっと鈴愛の欠点に気がついて、口に出して、気遣うわけです。
ぼけっとしたタイプならこうはいかないでしょう。

 

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心惹かれてガードがどんどん下がっていく

鈴愛は左耳が聞こえないと説明し、こう言います。
「あれは間違っとる。どこに目をつけてる、じゃなくてどこに耳つけとるや」

「大きな声で喋った方がいいですか?」
そう気遣う涼次。鈴愛の中で第一次試験は合格だろうな。耳のこと気遣えない人とは、どうしたって付き合えないでしょう。

美しい弦楽器のような声で喋って、と鈴愛は頼みます。
出た出たっ、鈴愛話法。
これはかなり気を許してきていますね。だってガードこんなに下げていきなり詩的なことを言ったら、相手によっては変な痛い女認定です。

「涼ちゃんは、いい声です」
そこで横から、田辺がボソッと、「ダミ声で悪かったな」、と言います。

やっと「涼ちゃんさん」という呼び方もやめました。
本当にこういうところ、本作は巧みですね。鈴愛が心惹かれてガードを外していく様子が言動の端々にあらわれています。そしてそのたび、魅力がどんどんあふれてくる。その魅力をきっちり出していく永野芽郁さん、スゴイです。

朝ドラのヒロインは、可愛らしさや爽やかさを求められます。
規格外ヒロインの鈴愛は、かなり個性的な魅力がありますよね。朝15分間朝ごはんを食べながらだと見落としてしまうかもしれませんが、セリフや仕草から、そういうのを感じていきたいと思います。

 

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かつてフォーマルウェアに帽子は欠かせなかった

ここで光江から電話。
書き入れ時だから頑張りなさいと田辺を叱咤激励します。

光江は「三月うさぎ」という帽子教室を経営しています。
『不思議の国のアリス』が由来ですね。

かつてはオーダーメイド帽子店で、「大納言」の前身。父親の権蔵の代は流行っていたそうです。

時代の変貌を感じさせます。
かつて、帽子はフォーマルウェアの一種として欠かせないものでした。
今はそうではありません。昭和と平成の差、ですね。

それにしても光江の衣装がなかなか面白い。

着物とブラウスの組み合わせで、『八重の桜』の新島八重の京都時代ファッションを思い出しました。
こういうの、着るのは結構勇気いるんですよ。着物って、いちゃもんつけられやすい服装で、こんなふうな格好をしていたら道行く着物ジャッジに目をつけられてもおかしくありません。

まぁ光江の性格からして、そういうのは気にしなさそうですね。

本作において、彼女のような強い女性って、服装からして戦っています。甲冑を着ています。

還暦過ぎても赤い革ジャンのキミカ先生。
常にピンクハウスの菱本。
光江の個性的な着物。
麦のかぶっている鳥のついた帽子。
晴や和子とはまるで違います。

今の段階で流行を度外視したファッションの鈴愛ですが、将来的には彼女らのような【甲冑】を見にまとうのでしょうか。

 

野鳥マニアやニートの三姉妹

そこへ麦が帰宅。
野鳥好きにあきれる姉に、今度は恩田川にジョウビタキを見に行くと告げます。

 

こういう脇役の趣味にまで、中身を詰めているのが本作の良さですね。
そして三女めありは、今でいうところの【ニート】と呼ばれます。

コミカルではあるのだけれども、これまたなかなか重たい、そして平成的な設定だなあ、と思うわけです。

三姉妹、おそらく親の遺産で食べることには困らないのだろうけど、将来はどうするのかな、とか。
こういう平成の影に隠れている人を、よく出してくるなと思います。

頑張ってる。今週も、頑張っていますね。

 

宇太郎も本質に気づいているからこそ

鈴愛は、十月になっても扇風機のスイッチが入っていて、しかも壁に向いていると田辺に言います。
秋でも暑いし、こうすると「風が柔らかくなる」んですって。

するとそのとき、外から綺麗な女性が田辺を手招きしました。
彼は急に「銀行へいく」と言い出します。
なんだかありそうな関係ですね。

って、あれ? そういえば光江が、田辺は秋になったらいなくなりそうだから目を光らせろ、と麦に言ってましたね。あらあら、どうなるのやら。

「つくし食堂」では、宇太郎が鈴愛の単行本を絶版になるかもしれないと並べています。
あぁ、こりゃ仙吉さんからバレちゃったかな。

晴は漫画家になれないなら、どうして東京になんか行かせたのかと嘆きます。
一方で宇太郎は、どんな年月にも意味がある、神様がそう決めていると言います。自分の名前で本を出せただけでも御の字やないか、と。

このへん、本作の面白いところで、実は秋風羽織も同じ趣旨のことを言っております。

本作は女性のほうが地に足がついていて現実的で、男性はふわっとして無責任なようで、でも、運命や物事の本質的な部分に気づいています。
仙吉、そして萩尾律もそうですし、朝井正人にもそういうところがあった気がします。

漫画家を辞める場面でも、女性の菱本は引き止める一方で、男性である羽織は、決断の後押しをしましたよね。
仙吉も、挫折した鈴愛の心を受け止めました。
で、今度は涼次がその役目を果たすのかも。

脚本家さんの男性観や女性観ではなくて、意図的に(あるいは無意識に)そういうことを振っているのだと思います。
仙吉や宇太郎の年代なら、もっと結婚だの孫を抱かせろだの、ごちゃごちゃ言っているはずなんですよ。

そして鈴愛は、面白いことにどちらかと【男性】側に近い。
【女性】側の晴やユーコに引っ張られてぐらつくこともあるけど、結局は【男性】側に引っ張られて選んでいる。

これはくどいようですが、男性が女性より優れているということでも、その逆でもないということ。
鈴愛は、無意識のうちに本質的なことを自分にいう、周りにいる男性の声に導かれて生きているということ。

でも、それは決して、男の言いなりであるとか、男に頼らないと生きていけないということではないのです。
ただ、自分の中にある欲求に素直で、地面に足をつけて生きることができない。

大げさかもしれないのですが、鈴愛を見ているとジャンヌ・ダルクのような女の子を思い出してしまう。
甲冑を脱いで羊の世話をしなさいという母親の言葉を無視して、神の声を聞いて、戦場へとすっ飛んで行っちゃう子です。そりゃ、重度のわがまま娘に決まっていますよ。

 

楡野って苗字、尊敬する人と同じなんです

そしてここからが、涼次が運命の男の声で喋り出す瞬間です。
「楡野さん、下の名前は何ていうんですか?」

アホっぽいから言いたくない、と渋る鈴愛。

涼次は、俺の好きな人、尊敬する人と同じ苗字だと言います。
その人は、楡野スズメ。

彼は独白するように言葉を紡ぎます。

『一瞬に咲け』という漫画が大好きで、「キリンになって(首を長くして)」二作目を待っているのに、なかなか出てこない。
ヒロインのカメコがかわいい。コンビニレジでバイトしている好きな人に、飴玉を15個も持って行ってしまう。そういうところが可愛いんだよね、と。

単行本は保管用と読む用に二冊づつ持っていた、という涼次。

あ、釘さしておくけど、
「男が少女漫画二冊づつ持っていて、しかも偶然作者とファンが出会うとかw」
みたいな、野暮すぎるツッコミは不要っすよ。

涼次の素直な独白に、鈴愛は困った顔して言葉を絞り出します。

「ごめんなさい、もう次回作ありません。漫画家はやめました。そして、こんな鈍臭い女です」

そう言いながら涙をこぼす鈴愛。
涼次は、ハンカチ代わりに自分のシャツをもたもたと脱いだかと思ったら、横にあったティッシュを渡し、更にはファンだから握手してくださいと頼み込みます。

よかった、よかった。描いてきてよかった。
読んでくれる人がおる。もうやめてまったけど、あんなに苦しい思いをして描いとった甲斐があってうれしい、と鈴愛は涙を流します。

繊細でかなりネガティブなのに、自分の進む道しか見てこなかった。不器用な鈴愛ワールドさく裂です。

先週、涼次はやめとけと書いたんですけど、こりゃ無理だ。
たとえ結末が悪いものだとしても、彼は鈴愛の人生に必要な人だ。

これも運命なんですね。

 

今日のマトメ「届いている」

北川悦吏子氏「半分、青い。」異例の“脱稿”報告 1年半の執筆に感慨「ウソみたい 絶対無理と」

北川先生、おめでとうございます。
苦しいことも、大変なこともきっとたくさんあったでしょう。

しかし、本作は一生に一度しか描けないような、特別で素晴らしい物語になると勝手ながら思います。
ゆっくり休んでください。お疲れ様でした!

で、その北川先生。たかがレビュアーがこんなことまで考えるのは不遜ではあるのですが……。

秋風羽織と楡野鈴愛という二人の、おそらく北川先生の考えが反映されたふたりの作家は、前に進むことばかり考えていて、振り返らないタイプですよね。

羽織は長年顔も出さずにファンと交流しなかったし、鈴愛もやめてからやっとファンと握手しました。
人付き合いのできる器用な性格なら、もっとファンサービスしますよ。

本作を見て猛烈に腹を立てている漫画家さんがいることは理解しているのです。
たぶん羽織や鈴愛のような、性格が悪くて孤高を貫く奴と混同されたくないってことじゃないかな。

作家さんのエネルギー源はファンからのフィードバック。
それはもちろんそうですし、本作でもアンケートハガキが死活問題ということが触れられています。

ただ、そうではないタイプ。
自分とストイックに向き合うあまり、ファンの声すらシャットアウトしてこもりきり、前しか見られないタイプもいるわけです。
いくらファンが歓声を送ろうと、聞き取ろうとせず、前を走ることばかり考えてしまう。周囲からすれば、無愛想で、気取っていて、わがままにも思える。羽織も鈴愛も、そうですよね。

そうではなくて、ただ不器用なんですよね。
そして、怖いのです。
自分の世界を追求するためではなく、ファンの歓声に答えるために描くようになったら、それはそれでハッキリ言って自分の美学に背くことになる。

前述のジャンヌ・ダルクがそういうタイプかと思います。
貴族や将軍とは違い、私は神の声に従い前を向くだけだ、とずんずん進軍しちゃう。
カリスマ性はあるけど、同時にかなりおかしな人でもありうる。
で、そのタイプを二人も書いた北川さんが、今、ツイッターをしておられる、と。

私は、彼女のツイッターを極力見ないようにしております(本レビューについて言及されるときがあると、編集さんが教えてくれます)。

どうにもヒヤヒヤして、怖くて、見たくない。
こういう人がファンもアンチもいるところでもみくちゃにされないか、気になって仕方なくなるから、敢えて見ない。

案の定、作品ではなく作者がつぶやくことが鬱陶しいという記事もあります。
そんなもんどうでもいいとは思いますけど、実はそれと同時に腹立たしくもある。不器用な作者さんが作品をよりよくするため頑張ってつぶやいているのに、叩くってなんですか? 叩き甲斐のあるツイッターは、トランプ大統領とかでしょう?
それこそ最近Twitterでよく見る、「(クソリプ付けてないで)自分の人生を生きろ」ですよ(検索結果)。

と、作品とは関係のないことを一方的に書いてしまいました。

私ごときが僭越ながら申し上げますと、大丈夫です、先生、大丈夫です。
届く人には届いています。

今はしばし、お休みください。

◆著者の連載が一冊の電子書籍となりました!
ご覧いただければ幸いです!

この歴史映画が熱い!正統派からトンデモ作品まで歴史マニアの徹底レビュー

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

3 Comments

ばかちんのはは

いつもありがとうございます。

今夜(7/9)、「あぐら物語日記」でこちらのサイトを紹介しましたのでお知らせに参りました。
★「あなたはあなた自身が成し遂げたことで作られる」
http://roko1107.blog.fc2.com/blog-entry-4113.html

これまでも何度か引用させてもらいながら、ちゃんとご挨拶できなかったこと、大変申し訳ありません。
私、恥ずかしながら、ヘンなことが気になるアホなところがありまして…これからも勝手なことを申すかもしれません。引用不可や不都合な点がございましたらご指摘くださると助かります。

これからも楽しみにしております。宜しくお願い致します。

しおしお改め、七歳上

もしも、よ。もしもですよ。
事前にスズメのフルネームというか正体を知った上での発言でら
でもファンだったのは
本当です、という流れだったとしても、今日のスズメのうれし涙は、見てて幸せだった。
よかったね、スズメちゃん。

ビーチボーイ

一気に進展しましたね、涼ちゃん、なんと楡野鈴愛の漫画の熱烈ファンだったとは。(そんな偶然の出会いなんかあるわけないじゃんフッ、とか冷笑的にdisるのは簡単だけど、管理人さんの言うとおりそれは野暮というもの。人情味のカケラも無いそんな人は、TVドラマも漫画も映画もフィクションは一切見なきゃいいと思いますね。)
二人が100均のレジに立ったまま「握手してください」と涙流し合うこのシーン、もちろん通常のラブロマンスには程遠く、なんとも奇妙で滑稽。なんだけれども、笑って見ているうちにいつしかこちらももらい泣きして来る。脚本、演じる役者、演出、全て本当にうまい‼
「笑わせまっせ~!」と押しつけがましい割にはさっぱり笑えず、ならば涙こぼれるかといえばそれもちっとも無かったあのワロテンカは、6ヶ月間、あっちの方でなんかバタバタ派手に芝居してるみたいね、でもこちとらはシラーッ、で終わってしまった。
半青は、次どうなるの、次は?と画面しっかり見つめてます。否応なしに。

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