まんぷく 127話 感想あらすじ視聴率(3/2)二世とその親の在り方

おはよーがんす!
えぇ日和でがんすのぉ~!

【127話の視聴率は20.1%でした】

ようやくヤクザドラマ化認定

はい、こんなニュースが。

◆「朝からキツい」『まんぷく』ヤクザドラマ化で離脱者が続出?BIGLOBEニュース 

本文一部を引用させていただきますと

視聴者からは「怒ってばっかでしんどい」「朝から怒号が鳴りやまない展開はキツイ」などと批判的な声が上がっている

ということです。

まぁ、本サイトをご覧いただいている皆様にしてみれば何をいまさら?って感じですよね。

本作は、序盤から山守夫妻にオマージュを捧げていたではありませんか。

私は昨年11月の段階で申し上げておりましたよ。

まんぷく 39話 感想あらすじ視聴率(11/14)全員山守

まぁ彼らの行動を眺めていれば、誰でもわかると思うんですけどね。

・盗電
・密漁
・居直り
・缶詰窃盗
とまぁ、朝ドラとは思えない問題行為の連続でした。

それが視聴率的にも、いよいよ20%を切る回が出てきて、叩かれやすい状況になっているんですよね。
しかし、今さらネットニュースになるほどの同意見が続出するとは軽い驚きです。

思えば放送当初は、私が以下のような予測とレビューを書くたび、信者さんから嘘つき扱いされたもんです。

私の主張①
「台湾ルーツ削除は大問題だ!」
→新潮社をはじめ他のWebメディアなど、静かに火が回ってますね(炎上間近?)

私の主張②
「これのどこが王道だ?」
→今やわかりやすいほどの外道でしょう。前述のとおり、作品自らヤクザ(外道)路線へ走ってしまいましたw

私の主張③
「登場人物の描き方がおかしい、時代考証も」
→史実の面では近代食文化研究会さんの研究成果が凄まじく、舌鋒鋭く先頭を走ってます。

私の主張④
「こんな炎上広告まがいの容姿いじりをしていいのか?」
→炎上までは確認できてませんね(が、眉をひそめる人多いのでは?)。でも、ネットニュースにはなりました。

私の主張⑤
「大坂なおみ選手の日清広告はおかしいぞ!」
→ワールドワイドで炎上したのは皆さんご存知でしょう。なぜ、あの作画で放送に到達できたのか意味不明です。日清食品の最終確認した人、ならびに責任者は罪深いですなぁ。

私の主張⑥
「受信料で一私企業の宣伝をしていないか?」
→コメントでは賛同いただいてますが、世間的にどうなんですかね。常識的に考えればそう見えると思うのですが。

私の主張⑦
「こりゃヤクザ映画まがいじゃないか!」
→ネットニュースが動き始めた。

私の予想はだいたい【当たり】ってことでよろしいでしょうか?

てか、放送前から予感していた嫌な流れが、ほぼ的中してしまった感すらありますが、本サイトのコメント欄にはこんな声もあったとか。

「もう日清のカップヌードルすら、手が伸びない」

いや、わかります、私もなんですよ。

私は結構、影響されやすい自覚があります。『マッサン』の時はニッカウイスキーを買いましたし、『めんたいぴりり』鑑賞後とは博多明太子をお取り寄せ。

映画『バトルシップ』放映時は、絶対にブリトーを買いに店まで走ります。

チキンブリトー!

それなのに、それゆえか。
チキンラーメンもカップヌードルも、日清というだけで買いたくなくなった。

インスタントラーメンって色々とありますしね。
他を選んだって、ほとんど困らない。

まぁ、だからこそ安藤氏も、独占を狙ってライバルに色々とプレッシャーをかけたのかもしれませんね。

北海道グルメが食べたいんだぁ!

そうそう、まずはお詫びから。

「ねっぱつく」という言葉の意味がわからないとご指摘いただきました。
平然と使っておりましたが、北海道の方言でしたね。

「粘りつく」という意味です。

「ねっぱつき」というのは、粘りつく様子。
恋愛関連で使うと「いちゃつき」の強化版ですが、TPOも何もない、不愉快極まりない状態だと思ってください。

そんな北海道弁をうっかり使ってしまうこの私が、いかに次回作『なつぞら』に期待しているかって話でもあります! あ~、もう期待が止まらない!

『なつぞら』に出てくる北海道グルメが楽しみですね。
五平餅にせよ、まめぶ汁にせよ、朝ドラに便乗して食べちゃうんですよね。

ジンギスカン、三平汁、生チョコ、じゃがバター、いももち~~~!!

って、ここでふと感じた疑問があります。

『西は岐阜、東は北海道や福島。広範囲に渡って活動の幅を広げるNHK東京に比べて、NHK大阪って範囲が狭すぎませんか? 最近は、ほぼ京阪神どまりでしょ』

とにかく狭いんですよ。
西日本全体が対象であれば、もっと【九州】や【四国】を取り扱っていいはず。

それなのに近年では本州を出たのが『純と愛』ぐらい。西日本を担当としながら京阪神の実業者ループって、どういうことでしょうか?

スポーツ新聞の世界

「萬平さぁんに悪事は似合いません」
と、ヨゴレ仕事を世良に押し付けるルイージ福子様。

その本題に入る前に、苦しい時間稼ぎが入ります。
エロメンと吉乃の三角関係ですが、本作ほど恋愛描写がどうでもエエドラマってそうそうありませんよ。

理由を並べましょうか。

・思い合う両者の気持ち
→ゼロ!

・ステータスシンボルになるかどうかしか見ていない
→今日も可愛いだの美人だのばっかり

・親の干渉が気持ち悪くて、性的虐待寸前案件!
→子作りを同室でしろと迫る鈴、エロ目線を隠しきれない忠彦

・「人様の娘をいやらしい目でみおって!」
→だから【お前が言うな! 案件】なんだってば、忠彦はん。エロモデル騒動を忘れるなよ

・そもそもが露骨な時間稼ぎだったもんね
→恋愛とは、心の交流でも関係性でもない。スケベ根性と、ゴシップが見たくて仕方ない層を喜ばせるためだけのもの

要は、スポーツ新聞のエロ記事とか、ゴシップ週刊誌の下半身ネタレベルなんですよ。

こんなギリギリ感、求めていない

本作は、もう切羽詰まりすぎてロンダリングすら忘れた悲しい作品です。

あの政治家の接待場面は何なんでしょうか。
ギリギリの時間で作った感が半端ない。

セットもショボい。
萬平のセリフは、提供資料そのまんま朗読しているレベル。
しかも政治家役が、安藤サクラさんのお父様である奥田瑛二さんなんですよね。

テコ入れ感が半端ない。
親子共演ならば、もうちょっと余裕があってもいいでしょう。
無理矢理ねじ込んでいませんか?

12 Comments

匿名

「べっぴんさん」の次週の内容で、栄輔が○○する回が、本放送時にはあの日だったんだよなあ。「まんぷく」のその日に放送がありますが、ヤバい内容になりそうですね。

904bis型

通りすがりの者さまのご投稿にあるように、低評価の原因は、たしかにモデル自体だけではないかもしれません。

もし、今の『まんぷく』と同じモデルを選んだとしても、

○モデル企業側の社史・自伝等の記録も題材の一つとしつつも、他社の記録や第三者的な記録も丁寧に調べ、「主人公側は先駆者たることを目指したが、実は先行製品も先行他社も存在。直面した主人公らは手を凝らして地位を確立していった」「結果として、即席麺市場・業界の形成に至った」という作品にできていたなら

○主人公側の先駆性を認める立場で描くにしても、競合他社も正当・対等に描き、主人公らとの技術・製品の競い合い・磨き合いを描いたなら

評価は違ったものになっていたでしょう。

ただ、いずれにしても、多かれ少なかれモデル企業の見解どおりの描写にはなり得ません。公共放送としての立場で制作するなら尚更。
それが不都合だ(視聴者にとっては何ら不都合はありませんが)、そこまでするのは荷が重い、というなら、やはり題材として選ぶべきではなかったということになるでしょう。

904型

並行する『べっぴんさん』第127話。

交際を打ち明け、ようやく認めてもらえたさくらと健太郎。

このとき、旧あさや(改名「レリビィ」)前でのシーン。両家顔合わせを前に、ひょんなことからここで皆がいろいろなことを語ります。
明美さんの「幾つになっても子は子」というのは、ここに至るまでの親子の食い違いの原点を言い当てた言葉でもあります。ここでこの言葉が出たことで、さくら達の成長過程にも一区切りということになります。

ここを含め、各人の一段の成長・成熟を感じられたところ。
来週はまた次のステップが。

『まんぷく』の方はどうにも…

普段あれだけ尊大な萬平と世良が、議員だ何だという肩書を背負った人物の前ではまるで別人のようにヘコヘコ…
あまりに卑小でいやらしいったらありゃしない。

『まんぷく』には、人物としての人の偉大さという概念が存在しない。
肩書きばかり。
人の尊さというものが存在しない、薄っぺらな世界。

通りすがりの者

大阪製作のここのところの流れは結構わかりやすいです。
(作品評価は個人の見解です)
てっぱん  まあ普通 オリジナル
カーネーション 高評価 モデル有
純と愛 悪夢 オリジナル
ごちそうさん まあまあ オリジナル
マッサン 実業家モデル ヒット
あさが来た ヒット 実業家モデル
べっぴんさん やや微妙な評価 実業家モデル
わろてんか かなりまずい評価 実業家モデル
まんぷく 相当低評価  実業家モデル
スカーレット ? モデル有

放送中には次作の企画はスタートしていますので、流れが変わるのに2-3年かかります。
純と愛の悪夢でオリジナルを捨て、カーネーションからの流れで実業家モデルに行ったら大成功で、5年続けてしまった(今、ココ)
さすがにそろそろ変えようと思うが、まだトラウマが残っているようで、来年もオリジナルには踏み切れずというところ。

低評価はモデルの問題じゃないと思うんですが。

匿名

まんぷくが始まった頃に、日清製粉と日清食品は全く関係のない企業であると知って驚きました。
その時は、たまたまであろう、「日清」と名の付く企業は当時たくさんあったのであろう、と思っていました。
でもこうして安藤百福氏のやり口を知ると、当時既に有名であった日清製粉の名(1907年〜)を百福氏が(1958年に)パクったのであろう、としか思えなくなりました。
いろいろなサイトやウェブニュースで、百福氏の自伝を疑問視する記事が増えてきましたね。
武者さんが仰っていた「雉も鳴かずば撃たれまい」という言葉に改めて大きくうなずいております。
今頃、日清食品のお偉いさんたちは、「こんなはずではなかった」と真っ青になっているかもしれませんね。
今までの企業創始者の朝ドラでは、こんなことはありませんでしたから。

匿名

猿渡が即座に退場させたのは、惜しいなあ。あちらの方が経営者として優秀だからね。即座に販売を中止させたら、取引先や出資者から突き上げをくらうことをやる実行力に、技術者に高額報酬で引き抜く力など、もう少し描けば魅力的な人物だったのにね。

南面の武士

年末にも投稿させて頂きましたが、この『まんぷく』に見られる顕著な手抜き、いい加減な考証、悪ふざけの多用、季節感の欠如、不潔感漂う調理・食事シーン、等々の問題点は、2015年東京制作の『まれ』と強い共通性があります。

何らかの連続性が強く推測されるところではありますが、表面上、例えば監督、演出、脚本といったところで共通性・連続性があるわけでもない。
一体どこに起因するものなのか?

朝ドラでは、『まれ』→『わろてんか』→『まんぷく』と、東京から大阪に移りながら続いてきましたが、『まれ』と『わろてんか』の間には別枠の連続ドラマ『水族館ガール』があります。
この『水族館ガール』、原作の面白さや松岡茉優さん主演ということで大いに期待して見始めたのに…見てみればひどい内容。ガッカリ+怒りすら感じた記憶があります。

『水族館ガール』でも、『まんぷく』等と同様、不自然な展開や、展開上不必要と思えるところで何故か「裏切り・陥れ」「いじめ」「怒声」等の不快な表現を多用する等があり。とりわけ他局のバラエティ番組からキャストもろともパクってブチ込んできた「イヤミ上司」は、原作にも存在しない不要なもので、不快さの最たるものでした。
そうしたことから、この作品も、『まんぷく』等との連続性を感じさせるもの。

私には合いませんでしたが、この『水族館ガール』は、何か賞を受賞していた模様。
それで大手を振って朝ドラに戻ってきた…のかどうかはわかりません。
先述のとおり、表面上、連続して関わっている人が見られるわけではありませんので。

だからこそ、何故こんな作風が受け継がれてしまうのか、実に不思議でもあります。

ひろぶ

武者様のレビューに、いちいち共感しております。
ここ最近の展開を見る限り、焦っていろいろぶち込んでるんだろうなぁと。
他のサイトにも、辛辣なコメントが目立ってきた様な。
いっそのこと、ブラック百福ならぬブラックまんぺーを突き詰めた方が良いのでは?

ひとつ気掛かりな事が。

やたらと視聴率低迷を騒がれている「いだてん」です。
昨年の大河やまんぷく等とは比較にすらならない程、面白く出来が良いのは明らかです。
視聴率低迷に焦って妙なテコ入れ等は、絶対にして欲しくありません。

まんぷくは放送開始一週目で諦めていますので、楽しみは次回作といだてんのみです。
まんぷくの最後をどう締めくくるのかもある意味楽しみではありますがね。

北海道グルメの話が出ると、ついつい頭のなかにゴールデンカムイのアイヌ料理が、、、

ヒンナヒンナ

匿名

本来だったら台湾まで国境越えてスケールが大きく出来たんだよ。

Susuka

思ったこと。
朝ドラ大阪班って、もはやNHK当局の経理担当者からもまるで期待されていないのでは?
だから、まともな時代考証もできない、セットも組めない、衣装や小道具やらも調達できない。だから

・脚本家の執筆のための体制準備ができていないので、アドリブや思いつきで時間稼ぎ的展開が横行する。
  例:昭和初期の発明といえば幻灯機!
・セットを組む予算&時間がないので、前のセットを再利用できる展開にする。
・衣装を用意する予算&時間がないので、同じ衣装でまとめ撮りする。劇中の季節をチェックする余裕&衣装を着替える余裕がないので、季節感のなさなんて知ったこっちゃない。

さて、次作「スカーレット」、陶芸品はちゃんと本物を用意できるのでしょうか?

匿名

仮に花○さんだったら、「こんな事する暇があったら、商品の品質向上に使え」と言われるだろうなあ。

ガブレンツ奮戦

過去の大阪制作朝ドラでは、例えば『だんだん』は、地理的なスケールも広がっていたし深みもありました。
『てっぱん』もなかなか。

いつの間にか、あらゆる意味で小さく小さくなってしまい。

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