わろてんか59話あらすじ感想(12/8)お夕に惚れてまうやろ~

空前の賑わいを見せる大正時代の大阪。
その大阪・天満で、寄席「風鳥亭」を経営するてんと藤吉夫妻は、さらなる成功を目指しています。

席主・藤吉の目標は、売れっ子落語家・月の井団吾と専属契約を結ぶこと。そんな最中に、団吾と因縁のありそうな落語家夫妻を、てんが庇うことに。

すると偶然にも、風鳥亭で団吾と謎の落語家が鉢合わせしてしまいます。
どうにも因縁がありそうな、月の井一門の二人。一体何が起こるのでしょう?

 

「あれは兄弟子の団真や」と団吾は吐き捨てるように

先ほどまでブスッとして傲慢横柄な態度、声までドスの利いていた藤吉ですが、急にオドオドとして声まで震え出しました。
お目当ての団吾が目の前に居るからです。態度変わりすぎっ!

「あれは兄弟子の団真や」

「偽団吾」は月の井団真だった、と吐き捨てるように話す団吾。
すぐさまおちゃらけた顔に戻り、藤吉に条件を持ちかけます。

「借金2万円あるんや。それを帳消しにして、月給500円でどや! 安い買いモンやろ」

破格も破格ですわな。
500円ってのは、寄席を手に入れるため、てんが実家に借金し、やっとこさ返せた時と同額です。
こういう台詞を軽~く憎めない言い方をする波岡一喜さんのセンスは流石です。

ちなみに当時の芸人は、一回出演するごとに支払われる形式でした。
それに月給制度を取り入れたのが吉本興業であったわけです。

って、ちょい待ったぁああああ!
月給制度を考えるのが北村夫妻側でなく、落語家側の提案にしてしまうのでしょう。

「金をドンッと積み上げて芸人を縛る」吉本イズム。
これを回避すべく、相手に言われてやむなく……という形にしたいのでしょうか。

 

お夕をめぐって団真と団吾が何やらあったのでしょう

場面転換すると、お夕がこれまでのいきさつをてんに語っています。

もともと団真と団吾は、先代・団吾のもとで修行する兄弟弟子でした。
実の兄弟のように仲が良く切磋琢磨していた仲であったのです。

が、なぜか先代は、実力が上の団真(北村有起哉さん)ではなく、弟弟子(波岡一喜さん)に二代目・団吾を襲名させました。

団真とお夕は駆け落ちし、破門。それから十年間、二人は食べる物にも困るような中で、地方回りをしていたのです。
「偽団吾」を名乗ったのも、窮乏を極めたからのようで、せっかくそうして稼いだ金も、自暴自棄になって酒に使ってしまうのでした。

「昔は酒を一滴も飲めない人だったのに……」
そううなだれるお夕。

本人も気づいていて、言ってはいないだけだとは思いますが、この不自然な襲名や兄弟弟子の仲が引き裂かれたのは、彼女をめぐってのことでしょう。
あぁ……その気持ちはわかります。お夕さんは争うだけの価値がある、素晴らしい女性です。
出てきたばかりとはいえ、そのことが伝わって来ます。

話を聞くと、団真にもしょうもないところはあると思います。
それでもお夕が、あの人を信じている、「崇徳院」は絶品、あの人の落語が好き……と褒めると、なんとなく許したくなるというもの。

「あんたはしょうもないけど、嫁はんに免じて許したるわ」
そういう心理を引き起こす女性こそ、芸人の理想の伴侶かもしれません。

 

コミカル亀井の崇徳院解説

一方のてんは……「駆け落ち?」などと、お夕の言葉を目の玉丸くしてオウム返しするだけ。
相槌として頼りない……(´・ω・`)

京都の世間知らずな女学生ならええけど、もうごりょんさんでっせ。
ただ話を聞いているだけの場面でも、トキは表情がくるくると変わり、好奇心を持って聞いていることが黙っていてもわかるのですが、てんはなあ……。

ここでてんが「諦めたらあかん!」と言い出すと、ピアノのBGMが流れてよい話のように演出されます。
いろいろな不足分をBGMや演出で補おうという努力はわかります。

亀井は夫婦達磨を使って、てんとトキに落語『崇徳院』の説明を始めます。

 

崇徳院といえば、2011年大河ドラマ『平清盛』において、井浦新さんが熱演した悲劇の天皇です。

彼自身の激動の人生とはあまり関係なく、彼が詠んだ、
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
(訳:激しい瀬の流れが岩で二つに分かれても、その先で一つに戻るように、別れたあなたともまた会いたいと思います)
という和歌が元になったお話ですね。

ここは亀井のコミカルなお芝居がなかなか楽しいですね。亀井は首をひねり、「そういえば団真って聞いたことあるような……」と言います。

 

「ほな、おかい(粥)さんでも作りまひょか」

往来をふらふらと歩き、家に戻った団真。
ふてくされてお夕が戻っても「腹が痛かったんや」と言い訳するだけです。

「ほな、おかい(粥)さんでも作りまひょか」
この、夫が苦しい言い訳をしているとわかっても、お粥を作ると言い出すお夕の良さ。
しかもこの「おかいさん」という発音が上方らしくて可愛らしいなぁ~。惚れてまうやろ!

ここで団真は、お夕が風鳥亭にいると知って、団吾が来たのに違いないと言い出します。
「何が何でも、奪わんと気が済まん男や。負けへんで」

お夕はそう言う団真に寄り添います。
「うちが側におるから安心して」
そして顔を撫でたりぐりぐりしたりながら、「任しとき!」とふざけあう二人。

あ~……これは、お夕さんをめぐって兄弟弟子も割れますわな。お夕さん、可愛すぎ、気をつけなはれや!

それと比較すると、てんは、「藤吉・風太・栞」で争うほど魅力的かな?と、ふと思ったり思わなかったり(ぼそっ)。

団真も「チャーミングな駄目男」なんですよね。
駄目なんだけども、可愛げがあります。

お夕もそういうところを含めて好きで仕方ないんだろうな、と思わせます。

 

日本語ラップの元祖・オッペケペー節

団吾たちは今夜もお座敷遊びです。この版はオッペケペー節を歌い踊っています。

 

オッペケペー節は日本語ラップの元祖みたいなものですが、世間への痛烈な諷刺が今聞いてもおもしろいし、通じるものがあって聞き飽きないのです。
明治時代にはこういう人がいたのだなあ、と勉強になります。
「金比羅ふねふね」やこういうものを流すことには、大変意義があると思います。

踊り疲れたのか、団吾は藤吉に語りかけて来ます。
いくら積まれても、たとえ二万円用意しても、「最低のカス芸人」である団真を出すなら風鳥亭には絶対出ない、と。
藤吉はヘエヘエと頭を下げるばかり。

寺ギンとの交渉でわかってはいましたが、藤吉って条件調整を一切できない男なんですよね。
商人として言い値を丸呑みって、つくづくセンスがないと思います。素人がフリマアプリで買い物する時だって、値段交渉するもんでっせ。

その晩、藤吉が座敷で目を覚ますと、団吾が一人で『崇徳院』の練習をしているところが目に入りました。

 

深夜に『崇徳院』を練習する団吾の真意とは

翌朝、藤吉はてんに二万円を積み上げてでも団吾が欲しいと言います。
「あれだけ人気あるのに、血反吐吐くほど稽古しとるんや」

あのー……藤吉さん。あんた、本当に洞察力ありませんよね。
団真と団吾のただならぬ様子を見たら、何かに刺激を受けてのことではないかと推理できませんか。
そもそも団真が演じていたのも『崇徳院』であって。それをただ「人気あるのに猛練習して偉い」としか受け取れないようでは、寺ギンのもとで修行している風太に、もう抜かれてしまってるかも……(´・ω・`)

てんは困り果て、「団真さんはどうですやろ」と持ちかけます。
もし藤吉にセンスのかけらでもあるのならば、団吾と団真の因縁のありそうな雰囲気や、団真のセンスを察して「それや!」と言い出しそうなところ。
しかし……。

藤吉の寄席が弱小ならば、実力はあっても不遇な芸人を探し、コストをかけずして芸人さんを探せばよい。
要は、映画『マネー・ボール』みたいに、貧乏チームがジャイアントキリング(大番狂わせ)するように、人材発掘する話にすればいいのに、それがなぜできないの?と嘆いたコトがあります。

わろてんか41話あらすじ感想(11/17)ズルばっかりすな!

もし本作がそういう気の利いたことができるのであれば、ここから団真をプロデュースして、偽団吾を本物の団吾以上にして売り出して、その恩義で専属契約を結ばせる展開にすると思います。

まあ、やらんやろな……
。藤吉の頭の中は二万円をどうやって工面するか、それしかなさそうです。

二万円を払ったら寄席そのものが吹っ飛びそうですけどね。
なんで500円で買った小屋で二万円の落語家さんを抱えられるのでしょう。
二軒目の小屋を持っていても、なんだか金銭感覚が崩れてませんかね……。

 

今回のマトメ「団真&お夕はずっとイイ」

今日は……というか、今日も団真&お夕夫妻がよかった! 最高でした!
……と書いてまとめたい。
しかし、そうしたら、今後彼らの出番のある日は毎回そうなってしまうと思います。うーむ。

主役夫婦のセンスのなさ、特に藤吉の芸人を見る目は常人以下だと思うのです。
そこを突っ込むとキリが無いんですよね。

第8週から癖になっている、吉本の工夫を台無しにする改悪を今週もしておりまして。
賛否両論の月給制度、高いギャラを積み上げるのも、全部団吾のせいになっています。

団吾と団真は、モデルを二分割したような不自然さを感じさせる設定ですが、まさか吉本イズムを押しつけるために一人人物を増やしたのでは?と不安すら感じてしまうのです。
もしそうだとしたら、なぜ吉本興業を題材にしたのでしょう。

視聴者に悪く受け取られるからと忖度して、他人のせいにしたり、なかったことにしたりするのではなく、ちゃんと納得してもらえるようにアレンジして欲しいのです。

「刺身はアニサキスがいるかもしれないから、やめとき!」
と、すべての生魚を電子レンジで加熱されてしまうか、目の前で捨てられてしまう――……そんな理不尽さを感じる脚本です。

ここ数日以前よりよく感じるのは、素晴らしき役者さんたちの力量であって、脚本はまだまだ不自然な点ばかりです。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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吉本せい 吉本興業の歴史

【参考】
NHK公式サイト

 

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